平治物語

へいじものがたり

平治物語

軍記物語の一つ。『平治記』ともいう。『保元物語』『平家物語』『承久記』とあわせ四部合戦状とも称される。通例、三巻三冊で構成される。

現存する諸本には、『保元物語』と対をなすもの多く、古活字本はじめ江戸時代刊行の流布本も『保元物語』と一対で刊行された。この物語が多くの異本をもつことは、『保元物語』と同様で、その古態本としては、陽明文庫本と学習院図書館本[九条家旧蔵]、島原松平文庫本をもって再建される本文が知られる[ただしこれは『保元物語』の古態本半井本とは対を成さない]。
そのほか一つの完成形態を示す伝本として、金刀比羅本『保元物語』と一対の金刀比羅本『平治物語』があり、この系統の伝本が、流布本系本文とともにこの物語の代表的テキストとなっている。

この物語は、琵琶法師によって語られた。物語の内容は、諸本によってかなりな異同を持つが、保元の乱後三年、平治元年(1159)12月に、時の権臣藤原信頼と信西の不快事を発端に、激発した平治の乱の様相が、上巻前半においては、 信頼とこれを支える源義朝のいったんの勝利、後半においては、都に起こった変事を聞き、熊野参詣の道を急遽とってかえして都に入った信西の盟友平清盛の消息と、それに伴う廷臣たちの信頼離反劇、中巻においては、待賢門そして六波羅を主戦場とする両派の軍事衝突と信頼・義朝の敗北、下巻においては、東国に落ちて行った義朝の尾張国内海の地での死をはじめ、その子悪源太義平・頼朝らの敗者の動向、義朝の子今若・乙若・牛若らの母常葉の陥った悲しい運命などが描かれている。

縦二三・七糎、横一七・九糎の綴葉装、近世初期の写。濃紺地に金草木模様の中央題簽(一四・五糎×三・二糎)に「平治物語 上(中・下)」と墨書されている。上冊は、墨付六二丁、遊紙は二丁(前一・後一)。中冊は、墨付七五丁(ただし、七五丁裏は白紙)、遊紙は三丁(前一・後二)。下冊は、墨付七四丁(ただし、七四丁裏は白紙)、遊紙は二丁(前一・後一)。一面十行、一行はだいたい十七字乃至十八字詰め。本文料紙は鳥の子。各巻頭に目録がある。本文は平仮名交り。

本伝本は、「保元物語」(三冊)と同じ木箱入り。書写者も同じか。

『佛教大学図書館蔵貴重書図録』より