原文

みこしはらひ

五月晦日の夜
みこし一社大和大路迄出し奉り
水をそゝぐ

解説

この頃の祇園会はもちろん旧暦ですが、五月晦日の御輿洗いにつづいて六月七日の先祭りと六月十四日の後祭りにわかれ、二度の巡行が行われていました。現在のように先祭り後祭り合同の巡行になったのは昭和四十一年からとのことですので、それほど遠い昔ではありません。 六月七日の先祭りに並ぶ山鉾は 長刀鉾 占出山 太子山 木賊山 月鉾 孟宗山 傘鉾 芦刈山 函谷鉾 郭巨山 天神山 白楽天山 菊水鉾 山伏山 傘鉾 庭鳥鉾 飛天神山 蟷螂山 保昌山(花盗人) 琴破山(伯牙山) 放下鉾 岩戸山 船鉾 が、 六月十四日の後祭りには 橋弁慶山 黒主山 観音山 鈴鹿山 淨妙山 役行者山 八幡 山 鯉山 鷹山 船鉾(大船鉾) が並んでいます。 先祭りの船鉾は出陣の船、後祭りの船鉾は凱旋の船です。凱旋の船鉾の本体は蛤御門の変で焼失しましたが模型、懸装品が鷹山とともに現在休み山として宵山でのみ公開されています。休み山にはこのほか布袋山をご存知の方も多いかと思います。天明の大火で焼失したといわれていますが、なぜかこの細見圖に姿が見えません。 山鉾巡行のほか六月七日、十四日両日には 雑色の行列、六人の棒の者、「七度半の遣い、弦召(つるめそ)、山伏の行列、牛頭天皇、八大王子、少将井の行列などが見えます。