原文

【八之巻】方廣寺大佛殿

大仏殿の前に塚あり
耳塚と名づく
文禄元年太閤秀吉公かうらい國をせめ打ち給ふ
小西摂津守
加藤肥後守を大将として数万の軍兵を打取
首を日本へわたさん事
大造なれば耳をそぎてをくり
此所にうづみて
耳塚と云と也

解説

巻八には豊臣秀吉によって南都東大寺に倣って京の大仏建立が行われたものの、大小の地震によって造営と崩壊を繰り返してきた方広寺の再建された大仏殿の姿が描かれています。寛文年間の地震のあとの仏の修補について近頃の出来事として語られておりますが、その大仏殿(現在の京都国立博物館のあたり)も今はなくなってしまいました。そのほか三十三間堂、智積院、泉涌寺、東福寺、伏見稲荷、藤森、深草祭など現在も観光地としてにぎわう名が多いようです。