大江山奇譚(中)

扨童子申けるはこのものともにおなしくはたいめんして氣分
をも見すかしてみやこのことをもとはんなり我いせいに恐れ
なはそれをかこつけにしてみなくいましめて壱人つゝ
人屋にいれへしいかさまにもたいめんせんとて出けり童子
かさきはらいとおほへて目みつはなたかく人にもおほへぬいる
いきやうのおそろしきおにとも出て大座にかしこまりける扨
おくのかたとうようしてなまくさき風ふきたるに人々身の
毛よたつておほえけるにやゝありてあさ日の出るかことくかゝや
きて出るをみれはたけ一ちやうはかりなりかみはかふろにして
こへふとりようがんひれいにしてとしのほとは四十はかりに
見へたりおりかうしの小袖にあかきはかまふみつゝみてわらは
二人のかたにかゝりてさうわうかあゆむかことく左右をみまは
してときくはまかけをしてゆるめき出たるそのいきほひは
あたりをはらいしけしき中く筆にもつくしかたしかねて
聞およひしよりいやまさりておそろしけれは山伏たちも
みなせきめんしてそゐたまひける

扨童子は人くの居たりけるに一間へたてゝさしきに
なおり人くにむかひゐたりけり頼光以下はむかひ座にそ
なおられけり此人々たかひにめを見あわせとやせまし
かくやせんとあんする所に童子申やうそもく御へん達
はなにことにより此所には來り給ふそ深山といゝかんぜきと
いゝちらしてまかけをさして見めくらすおそろしさいふ計
なしきやく僧たちに酒一つまいらせよといひけれはけんそく
ともうけたまはつて大なるつゝに酒をいれてかき出すうつす
をみれは人の血なりそのいろはつしみくさきことかきり
なしまつとうしさかつきをとりたふくとうけてほし頼光
にさしにける頼光すこしもおくせすたふくとうけてのみ
給ふ保昌にさし給へはとりあけてのむまねをしておかれ
ける其のちつなうけとりてたふくとうけてのみけれは
童子申けるはめつらしきさかなやあるまいらせよと申けれは
まないたにたゝいまきりたる人のもゝにしほをとりそへて
をきたりとうし申けるはたれかあるこしらへてまいらせ
よといひけれは頼光さしよりてこかたなをぬきしゝむら
をそいてしほにさしてくい給ふしゆせうの物かなとのたまひて
あちはひ給ふつなもさしよりてくひにけりのこりの人々
しやうきやうちりきの身にて候とてくわさりける頼光と
つなかふるまひを見てとうし申けるは御へんたちは酒も
さかなもこゝちよくまいりつる物かなとてよろこひける
頼光のたまひけるは我らかならひにてきやくそうたちに
けたみ申さんかためにさ候へと申ものをもちて候かなにかは
くるしかるへき一つ申さはやとのたまひけれはとうし大に
よろこひてしゆ興して申けるはみやこのさけをしやうくわん
せんことはまことに御心さしありかたくおほゆれと申けれは
やかてつなしゆくにたちてこれをすゝめけりとうしはひかへて
三とのみつゝ又くわいぜんとなるその後くたんのとく酒を
そへてしいけれはさしうけく十とはかりのみつゝあまりの
興にやとうし申けるはわかきあいの人ありよひ出して都
の酒をすゝめんとてくにかたの卿のむすめ花そのゝひめ君
二人よひ出し奉りとうしか左右にそをきたりける去程に
毒酒やうく身にしみけれは心もみたれゑいをふくみて
申やうかたくこれまての御出まことに面白くこそ思ひけれ
しはらくとゝまり給へそもく我をはいかなるものとかお
ほしめすむかしより此所に侍りされはけんそくともに申つけ
てみやこよりかたちよき女人をむかへとりて心をなくさみ
しなり其外瑞宝ゐんふつにいたるまてとりよせくのみ
くひたのしみ申はかりなし何につきてもふそくといふ
事もなかりしに弘法大師と云ゑせものにしゆそせられて
此所にはまよひ出大みねかつらきのかたにかくれてこそ千代

をへしに此ゑせものとうしはかうやと申所にこもりぬ其
後はみちひろくなりてこの百余年は此所に侍り也この
女房達もみやこより請して候人おほく候へともこれらはさい
あひに思なりいかなる世まてもちきりをむすひ候はんとおもふ
なりいまより後はなに事に付ても都の事をはをのくに
たのみ申さんさりなから心にかゝることありみやこに頼光と
いふくせもの有いにしへ今にこれほとふいにたつせるものは
なしふん武二道のたつしや人にすくれて仁義の道をも心かけ
天下のまつり世にすくれまなこのひかりもすくれてむかふ所
のかたきたいらけんといふ事なしときこゆるこのほともけ
んそくとも出けるにこの頼光からうとうにゑせもの有其名
をつなといふ者さんくにおとしけるなりさりなから用心
つよくしてけんそく共を番におく間いかなる頼光つな也
とも此城をはやふられ申ましをのく見たまへ此城の
つよきをなとゝ申して山ふし達をよくく見て又申けるは
御へん達をよくくみれはかの頼光かとみへたりのこる四人
の人はつなきんときさたみつすへたけかとおほえたり荒おそろ
しやこれにありあふおにとも心はしゆるすなとゝてよくく
見れはかのほうしかふとをき給へともゆへにいかにみんとすれとも
みへさりけりされはこのためにおきなのあたへ給ひける也さて
頼光のたまひけるはそもくその頼光とやらんはいかなる人にて
や侍らんすへてそんせす當寺さやうの人ありともうけたま
はらすたゝしみやこひろく候へは其事ともや候はん我らは出羽
の國羽黒の山ふしにて候か熊野にとし籠りして此ほと
はしめてみやこに上りて候か古郷へかへるとて道にまよひて
まいり御目にかゝり候へは悦ひ存候とまことしやかにのたまへは
とうしさけのすいけうといひしゆけうに心中をのこさす申
けるは我神通のまなこにて人をみるにたかはす御へんの
まなこの色は 世人にかはれり 同道の人々をも みるに つたへ
きく頼光か 四天わうの ものともに さもにたり 中にも あの山
ふしは つらたましゐ まなこざし 人にすくれて みへたり とて
つなを さしてそ申ける

六人の人々は毒酒をはのみたまはねは色もちかわす童子
は次第にしやうねみたれて居たりしに酒呑とうし申けるは昔
弘法大師と云へる僧の侍りし故に候へとも又おもひいたし
たり若さやうのくせものきたるらんとおもへはかくのことくは
申なりかまひて心をき給ふなよいかにみやこの人達にさかな
ひとつ申せと有けれはいかにもあらあらしき鬼承り候とて
ついたちてふみめくりて
みやこ人いかなる風のさそひ来て
さけやさかなのゑしきとやなる

と二三へんうたひてまいにけりゑしきといふは此人々を
酒さかなにせんといふ心なり人々此ことはを聞からに物す
こく思はれける中にもつな思ひけるはにくきやつか申事かな
其儀ならはとうし酒にゑいたりけん中をさしつらぬきみな
おつかけて首うつほとならは世のやつはらは座敷にてうち取
なんと思ひけれはまなこかとたちちすちあらはれうち刀にて
おかれけれは頼光やかてみしりてしりめににらまへ給ひけれはつな
は思ひとゝまりぬ

去程につなは都にかくれなき舞の上手にてありけれはとうしか
ひかへたるをみすゝみいてゝ申けるはわれらもさかなひとつまいら
せんとて     年をふる鬼のいわやに風のきて
夜まに花を吹ちらすらん
と二三へん心ことはもおよはす舞けれはとうしきゝとれてそ
ゐたりけりにわになみ居ける四天王と聞へし鬼ともこの
舞の言葉をはきゝしらすたゝおもしろきとはかりにておもひ
けるこそおろかなれその後とうしもつてのほかに酒にゑひ我
身のたいには女房達を置きやくそう達に酒すゝめたまへ我等
はいとま申也明日こそげざんにいり申へけれとてつねのすみかへ
入にけり其時頼光二人の女房たちにのたまひけるはみやこ
と仰られけるはいか成人にておはするとのたまひけれは女房仰
けるはわれは花そのゝ中納言の姫也かりそめにとられ侍りてかゝるうき
めを見侍る也あいしたかふ人ありけれ共言葉をかはしなとす
れはとうし大なる目をいたしてにらまへ侍る也その時は心も
きえいる心ちし侍る也露のいのちなからへて侍るゆへ御身達に
あひたてまつる也しかるへくはをのく都にかへりたまひてこの
有様をちゝ母にもかたり給ひてあととふらせ給へと仰られてた
ひ給へとて泪をなかし申されける頼光のたまひけるはわか身は
勅諚にて是迄参り候也城のうちの案内をしへ給へ鬼を
ほろほしてのち心やすくみやこへのほせ奉らんと申されけれは
女房なのめならす悦ていさゝせ給へこの川かみにいしのついち
大城門ありその内におそろしき鬼とも番をする也そのおくに
は石をたゝみそのうへには石のついしをつきまわしくろかねの
門をたて四方に四季をまなひけりまつひかしは春とおほ
しくて柳さくらをうへならへのきはの梅もにほふらん鶯の声
もとりくにそおほしける夏はまた池の藤波さきみたれやま
郭公の一こゑもむかしをこふるはなたちはなたれか袖にか匂ふら
55ん西は秋のすかたにて萩ふかく風に夢さめて夜すから月
そすみにけり梢のもみち色そへていく時雨にかあひぬらん
こゑくすたく虫のねもいとゝさひしくおほしけるみきはのこほり
とちぬれはむれいるとりも一しほにうはけの霜をやいたむらん
まことにとうしのたのしみはかうたひ成有様なり后と名つけて
よるは女房十人つゝ番にかはらせよもすからなてさせさすら
れ昼はけんそく共にかしつかれけり又けんそくの中に色く
のきしんありうみ川ともいはすして心にまかせてはしりめくる
ものをは四天わうと名つけ又あしはやのてきゝあれはかれは
かなくまとうし石くまとうしとて二人のくせものをは我身ちかく
おきて何事をもめしつかひける也夜は裏の口に番を勤侍る也
何としてかはやふらせ給ふへきそのほか佛神の御ちからにもかなふ
へきともおほえすとて泪をなかし給ふかやうに言葉におしへて
かへり給ふ人々城の案内くわしく聞候へは嬉敷覚しめして
行給ふ其後此女房達とくしゆをとりいたしてけんそくの鬼
ともにもり給ふこのどくのさけすこしなりとも身に候へははるゝ
心ちもなきにいはんやそくばくのさけこふくと受のみけれは
あんのことくにふしまろひあるひはかうへを抱てにくるもありの
これるおにともさしきにねるもあり又はゑんのうへよりはき
かへすも有そのうちにとくのさけのまぬおに二三人ほと有
てゑいたる鬼ともをかたにかけてのく所もありけり

頼光のたまひけるはわれらはちよくちやうをかうふりてこれまて
むかひて候へともとかくのはかりこともなかりつるにこのうちへいり
とうしにたいめんしかれらをもこゝろのまゝにしたかへ侍らん
女ほうたち道しるへさせたまへおにか岩やに入候はゝかれをうたん
ことやすかりなんと仰られけれは女房聞たまひてさては
まことのらいくわうにてましますそやさてはたのもしくこそ候へ
いてたちたまへいわやまてもひきいれまいらせんとのたまひけ
れは人々よろこひおもひくに出立ける頼光は火をとしのよ
ろひにてくたんのおきなのあたへたりけるほしかふとのうへに
しゝわうと申五まいかふとに二尺壱寸ありけるちすいといふ釼を
はき給ふ保昌は紫おとしのはらまきに石はりと云太刀を
そもち給ふつなはもへきおとしのはらまきにおにきりといふう
ちかたなひきそはめたりよの人々もおもひくにくそくして
二人の女房を道のしるへにしてちうくの木戸をそとをりける
日ころはさしもかたくおさめし門戸石のついちくろかねの門
をも其夜のさけにゑいふして用心するものもなかりしかは
ましてとかむるものもなしさしこへくとおり給ふそふしき成
扨童子はしんつうのものなりけれはこのよしをしりて大によろ
こひふしきの事かなこのあいたは女ほうはかりとり酒さかな
なとゝて心をはなくさみつれめつらしくもなしおことはほね
こはくしゝむらもあつくしておもしろきところもありわれかく
て出あひなはすかたにおちをそれ候て心をつくしなは身も

やせしゝむらきえてちすくなかるへしよくくすかしして心を
とりまたみやこよりきたれる物ともならはみやこの事をも
とひ侍るそのうへにて壱人つゝ人屋にいれて至なんとけん
そくともに申けれはけんそくのおにともなのめならすに悦ひ候
いかちせんやうにして門外に出この人々をつくとそま
ほりゐけるおそろしきことかきりなし