羅生門 下巻

つなはきしんをうちもらしぬる事
をむねんにおもひ其後よなく
らしやうもんへゆきてうかゝひけれ
ともあへてまなこにさへきるもの
もなしゆきゝのみちもたやすく
なりてきしんははやほろひに
けりとてはんみんあんとのおも
ひをなしにけりそれよりもひさ
丸といふ太刀名をあらためておに
きりまるとそなつけけりおなし
き年の夏のころらいくわうきや
へいにをかされてしんくとこし
なへにならんとしたまひけり醫(ゐ)師(し)
くすりをあたへけんしやかちすれ
ともさらにそのしるしもなしとき
くものくるはしき事のみのた
まひけるこれはたゝことにあらし爰
かしこにてしたかへしきしんのお
むりやうともいま頼光の御身に
せまり給ふかやいかさま大事成へし
と人々おそれあひける處にあるも
の来りて申けるはやまとのくに
うたのこほりに大きなるもり有
このもりにきしんすんて人を
なやましうし馬をとりくらひ
けると申なりこれたにしたかへ給
はゝおにのけんそくたえてあくり
やうもしりそきはんへらんと申けれは
頼光きこしめし扨はよなく廿
日あまりやはんにおとろかしける
よとむねんにおほしめしつなを
めしておほせけるはなんちやまと
の國にゆきてきしんをしたかへて
わかなふらんをやすめ候へとのたま
へはうけ給はり候とていとこゝろ
やすくりやうちやう申けるらいくはう
うれしくおほしめし家のたから
なれともなんちにあつけはんへる
とてひけきりといふ御太刀を
そ給はりけるとかや其後つなし
ゆくしよにかへりて夜にまきれ
かのもりにゆきこゝかしこを尋
けれとも人のしゝむらはつこつみ
ちくて有けれともきしんのすか
たはみえさりけり木かけにた
ちかくれ物をすましてきゝけれは
うしのいきさしのことくにうめ
きけるこゑまちかく聞えけれとも
つなかあたりにもちかつかすまし
てなやますものもなかりけり
さるほとにつなはかのもりに三日
三夜まちけれともなにのしるしも
なかり
けり

つなくちおしき次第なりわれ
どゝのかうみやうをきはめ天下に
あらはし此たひも四てんわうの
その第一にえらはれはるくこ
れまてくたりておにのすみかを
たつねいたししたかへすしてかへり
なはひころのかうみやうむにならん
そのうへしよ人のあさけりのかれかたし
又はうはいのおもはんところむねん
なりいかゝしてたはからんとて
みやこにかへりつくくとあんし
けるかもとよりわかてからたひく
におよひけれはきしんおそれてち
かつかすとおほへたりかたちを女に
かへてたはかるへしとおもひうすけ
しやうにまゆふとくはかせかねくろ
くつけたけのかつらをかけしろき
かつきしてまたたそかれときに
かのもりのあたりをみちにふみまよ
ひたるけしきにてたとろくとあ
ゆみけりかゝる處にはたちはかり
の女はうの見めかたちゆふなるかは
るかににしかいたうよりきたりて
いひけるは御身はいかなる人にて
おはしますそこれはうだのこほり
のもりとておそろしきおにのすみ
ける所なりみちにふみまよひ給はゝ
われらかやとにて夜をあかし夜あ
けていつくへもわたらせたまへといひ
けれはつなはこれをきゝてこれこそま
ことのおにのへんけてわれをたは
かりけるよとおもひすてにかたな
のつかに手をかけてぬきうちにせん
とおもひしかいやくもしまたさも
なきものをきるならはふかくの名を
とるへきとしあんして女はうのそ
はへよりうれしくもとひ給ふ物かな
我みよしのものにて候かうたのこほり
にしる人ありてたつねまいり候ひ
けるかみちにふみまよひて候かゝる
おそろしき所にきたりて候さても
御身はこゝもとにてはみなれぬ御す
かたありさまにてありいつくいか
なる人にてましくけるとこと
はをやはらけてとひけれはいまは
なにをかつゝむへきさきに一てう
もとりはしを夜ふけてとをりけ
れうつくしき上らうにゆきあ
ひいつくへゆくそとかたらひより
てみちすから物かたりしけるかお
ほきまちのはしつめにていさや
わかやとへつれてゆかんとてかき
いたくとおもひしにせつなのあひ
たにこのところへとひ来りみつから
見めかたちのうつくしきとてた
すけをきあさゆふおにゝめしつ
かはれうきめにあふことのかなしさ
よとてなみたをなかして
かたりけれは

さしものつなもたはかるとはおもは
すあらいたはしの御事かなけにも
このもりにはおにのすむと人のいひ
つたへしはさてはいつはりならす御身
おにゝしたかひ給はゝみつからをう
たのこほりまておくりてたひ
給へうれしき人にあひけるもの
かなとて手に手をくみて扨もそ
のきしんはいかなるすかたにて候や
おにのこゝろにもなさけありて御
身をたすけをくこそやさし
けれとみちく物かたりしけるかか
いたうちかくといつるとおもひし
になをもりのうちふかくそ入にける
つな心におもふやううたかひなき
おになりとすこしもゆたんせす
かたなのつかに手をかけていまやく
とおもひけれともこゝろならすたぶ
らかされてもりのうちを二三へん
あるくとおもへはくろくもさかり
て吹風はけしくなりて身の
けよたつておほへけるかの女には
かにたけ二ちやうはかりなるうしお
にとなつていさやわかやとへとも
なひ申さんといふまゝにつなかかう
へをつかんてちうにひつさけて
のほりけるつなはかねてよりしん
したる事なれはひけきりをする
りとぬきこくうをはらつてきつ
たりけり雲のうちにあつといふ
こゑのこりてすかたはみえすなり
にけりきられたる手にてつな
かかうへをみちんになれとつかみけ
れともつなあへていたますおに
の手もせいりきつきてかうへに
こそはとゝまりけりつなはまた
おにをうちもらしやすからすおもひ
てその夜はもりにあかしけれとも
かさねて来るものもなしいまは是
まてなりとてきつたるおにの手
をとりてみれはうるしにてぬりたる
ことくにまつくろなるけおいゆび三
ある手なりいせんのことくにうはは
れしとふところにおさめたちをま
へにあてあたりのさと人をよひい
たしてしかくのよしを申けれは
人々おとろきさても御手からのほ
といまにはしめぬ御事なりとてみ
ちにてわさはひもやあらんすらん
とてやまとよりみやこまて人く
にをくられて二てうの御しよへかへ
りけるありさまほめぬ人こそなかり
けるかくてらいくわうの御まへに
まいりくたんのよしをくはしく申
あけおにの手を御めにかけたれは
らいくわうよろこひ給ふことかきり
なしさてこそやまひもなをりけ
りなをゆたんすへきにあらすとて
天むのはかせさつしよをひらきいち
く申けるはおにの手を石のからう
とに入いぬゐのすみにくらをたて
これにおさめかさりして七日の間に
にんわうきやうをおこたらすよみた
まへは御てんのにはには十二人のと
のゐ人をおきて一ときつゝかはりて
十二人のはうにむかつてひきめを
しゆこしたまへとうらなひけれはは
かせのをしへのことくにもんこをとち
ふちやうのものゝ出入をかたくいみとの
ゐ人を十二人すへて
めんく
ゐける弓の
をと
天地に
ひゝ

はかり
なり

すてに六日になりにけりわたな
へのはゝ御せんかはちの國たかや
すのさとにおはしけるかしのひて
みやこにのほりつなのもんくわいに
たちより門ほとくとたゝき
給ふいかなる人やらんとたつねさせ
けれはかはちよりはゝか参りたると
のたまふ此よしかくと申けれは頼
光きこしめし人してははゝあし
きさまにこゝろへ給ふこともありなん
とてみつからもんのきはまてたち
出てたまくのおほしめしたち
て御のほりうれしく候へともこの
ほとさるしさい候ひて七日の物いみ
にて候かけふははや六日になり候
あすはかりにて候へはいかなること
もかなひ候ましこよひはいつくへ
も御こし候ひて御やすみ候へ夜あ
け候はゝけんさんにいり申へしと
ときこえけれははゝこのよしをきこし
めしさめくとうちなきてちから
およはぬ事ともなりさりなから
わとのは此ほとやまひにをかされ
てそんめいふぢやうときくなれは
おひの身のかなしさはねてもさめ
ても御身の事のみおもひくらし
ことにこの四五日はうちつゝき夢み
もあしく候へはこんしやうにては一た
ひみえまいらせよみちをこゝろやす
くせんためにかはちよりはるく
来るかひもなくうちへたにいれす
して夜あけてあはんことのうら
めしさよさても御身はいとけなき
ときよりもちゝにすてられも
りめのとたにつかされはみつから
かなしきことにおもひかたときも
はなれすあらきかせにもあてし
とそたてかみほとけにもすゑはん
しやうといのりしかはありてちゝの
あとをつきせつつのかみらいくわう
とてかくれなき大しやうにてあめか
したにおゐてかたをならふる人もなし
これしかしなからはゝかおんとくなら
すやこの四五年かほとたかひにすかた
をまみえねはいかはかりこゝろもとなく
おもひきりやうもすくれちゝにもに
たるかほはせやらんとおもひあまり
にゆかしく夜を日につきいそけ
とも女の身なれはかなはす三日さ
きにかはちをたちりやうの雲に
のほることくうれしくおもひしに
いかなるものゝ子とむまれておや
のおもふほとおもはさる事のかなし
さよなかいきすれはこそいつしか
子にたにもうとまれてもんのほとり
にたゝすむいのちのほとのうらめし
さよとてふしまろひてなき給ふ
はやくみつからをかいしてこのお
もひをはらしてたひ給へとこゑも
おしますさけひ給へは頼光此よし
きこしめしたうりなりことはり
とて門のひらきてけふまての物
いみをむなしくせんもいかゝとおも
ひあすとこそ申つれこなたへいらせ
給へとてうちふしておはします母
うへをかきいたきさしきへしやうし
たまひ
けり

それよりもさけさかなをとゝのへて
はゝをなくさめ給ひけるはゝ頼光
のすかたをうへからしもへ見おろして
さてもきりやうこつからしんしやう
にひとしくなり給ふものかないまた
あけまきのすかたをのみおもひいて
くにのへたてゝすむ事もいかにはゝ
をこひしくおほすらんとおもふに
つけてものほりしに四五年みさる
そのうちにかやうにたくましく成
給ふかやなのらすはいかてかわか子と
おもふへき人々のうやまふもことはり
にて侍へるそや御身をみるよりも
ちゝのことをおもひいたされてそゝろ
になみたをもよほしけるとてたも
とをかほにをしあてゝさめくと
こそなかれける頼光もなみたをなかし
たまひたまくあひみるはゝうへの
おひおとろへてみえ給へはなみたくみて
のたまふこそ御ことはりにてまします
この四五年のほとこゝかしこのうつてに
おほせつけられて御みやつかひの
いとまあらす候へはこゝろならすふかう
のものとまかりなり候そのうへす
きにし夏のころよりきしんのあ
くりやうにおかされ君もなやみた
まひしをみつからにおほせつけられ
しをやすくときしんのうしなひ
いまこの七日の物いみもさやうの事
にて候とむかしいまのことゝもかた
り給へははゝ此よしをきこしめし
さてもおそろしき事をのたま
ふものかな爰かしこをしたかへつる
とはまことにてさふらふかやおにと
いふものはめいとくわうせんのたひに
てしゝたるときこそあふとはきけ
いまこのめてたき御よにきしんい
てゝ人をなやますことのふしきさよ
そのつうりきしさいのおにを御身
のこゝろひとつにてしたかへ給ふかや
御身をうみおとしむつきのうちに
てとりそたてしそのときはいつか7
にせめて五つになり竹馬にむち
うちて我にも見せよかしとねかひ
しにいつのまにか人にすくれきし
むをかたきにうけてなんなくした
かへんとはいまもつておもはれす
むかしをつたへきくにももろこし
のはんくわいちやうりやうは千き万き
の人をもおそれすしたかへしと
こそきけめにみえぬおにをたはかり
うつ事はにんけんとはいひかたし
まして我か子とおもふへきひとへに
かみ佛ともおかみたてまつれ御
身を子にもちてわかのちの世も
たのもしくこそさふらへとて五つ
やみつのみとり子をあいすることく
にらいくわうにとりつき給ふより
みついとゝむつましくおもひまことに
それかしひとへにあさなゆふなのつ
とめにてもちゝのほたひとふらひた
てまつりはゝのはんしやうをせん
しうはんせいとこそいのりさふらへ
なにしにおろそかにおもひたて
まつるへしとむかしを
おもひ
いてゝ

かのなり平の中しやうは御みやつかひ
のひまなかりしにはゝのこひしく
おほしめしなかをかといふ所より
しはすのつこもりかたにとみのこ
とゝて御ふみありなりひらなにこ
とやらんとおとろき給ふに哥有
おひぬれはさらぬ別れのありといへは
いよく見まくほしき恋かな
とあるをみてなり平かきりなく
かなしくうちなきてやかて御返
事にかくなん
世の中にさらぬ別れのなくもかな
ちよもといのる人の子のため
とよみけんもわか身のうへにおもひ
いてゝなみたのはしとなりぬるとて
なきしつみ給へはものゝふのめにも
なみたのありけるはふしきなれたゝ
おんあひのみちほとあはれなる事よ
もあらしとみなもろともになきに
けりやうく夜もあけなんとす
はゝのたまふやう七日のものいみを
やふりわれにあひたまふこそうれし
けれしかしなからかうかうのこゝろなれ
はいかてかふつしんもゆるし給は
さらんいまはいとま申てかはちへ下
るへしいのちつれなくさふらはゝまた
こそまいりて見候へしとさしきを
たち給へは頼光も名こりおしみ夜
あけてかへらせ給へとてたもとにすか
り給へはまたさしきになをりさ
てもそのおにの手といふものは
いかなるものにて侍へるそやみつ
から一め見てこんしやうのおもひて
ともおもふへしかはちへかへりて
一もんにもつたへわか子の手からのほと
おひのなくさみにも見まほしき
なりとのたまふ頼光このよしきこし
めしやすき事にて候へともかたく
ふうしこめてをき候へは七日すき
て御めにかくへしこよひはかなひ候
ましと申されけるはゝきこしめし
よしくそれもことはりなりみ
すともことのかくへきものならすやう
く夜もあけぬれはいとま申てかへ
るなりとてさもうらみかほに見え
けれは頼光はたえかねてやかてふうじ
こめたるくらのうちよりおにの手を
とりいたしてこれく御らん候へと
てはゝのまへにそをき給ふはゝこ
れをつくくとみたまひてあらおそ
ろしやおにの手といふ物はかゝるもの
にてありけるかやみるもいふせくさ
ふらふとてしたにをくかとみえける
かけにもこれはわか手なれはとりて
かへるとてみきの手にさしつくと見
れはいまゝてはゝと見えし人のた
け二ちやうはかりなるうしおにと
なつてつなをつかんて御てんのはふ
をけやふつていてんとすこゝろへた
りといふまゝにそはなるたちを
ひんぬいてきりはらひけれは鬼
のかうへうちおとしけれは
むくろは
はふを
けやふつて
雲のうちへそ
入に
けり

其後このくひまひさかりくわえん
をふきてかゝりけるつなちつと
もさはかす太刀ふりあけてきり
はらふつゐに太刀のきつさき五寸
はかりくひおつてくちにふくみ
なからはんしはかりおとりあかり
ていかりけるつなもこしのさしそへ
するりとぬきてさか手にとり
すきまもなくきり給へは大地に
おちてつゐにむなしくなるお
そろしかりしことゝもなりこ
れよりわたなへたうの
やかたには
はふをせさる
とは
このときより
はし
まり
ける

そののちかのひけきりをあらため
おにきりとそなつけけれされとも
きつさきをれぬれはなにのやうに
かたつへきとおほせけれしかれとも
このつるきのゐとくにてこそおほく
のおにともをしたかへて世中せい
ひつしけれいまより後の世中いかゝ
あらんすらんとなけき給ひしか
これてんかのめいけんなれはいかさ
まそのしるしのなからんやとて
そのころしゆけん第一の聞えありし
よかはのそうつかくれんをしやう
したてまつり給ひてたんしやう
にこのたちをたてをきしめをひ
き七日かちし給ひけれはきつさき
五寸おれたりけるけんにてんしや
うよりくりからおりてきつさき口
にふくみつきけれはたちまちにもと
のことく一ふりの太刀となるふしき
なりし事ともなりさてこの
ふたつのつるき源氏の家につた
はりてうてきをほろほしなひ
かぬ草木もなかりけりさても
くにくのきしんもしつまり
人のゆきゝのかよひしてとし
くのみつきものもはこふにそ
のわつらひもなくこくとはんみん
よろこひめてたかりし御世とかや
これしかしなから頼光のふりや
くのほとそのうへ四人の人々ほう
しやうたくひなきつはものつき
そひたまひたるゆへとかやらい
くわうをはしめとして残り五人
の人々もおもひくにちぎやうし
てふつきとさかへ給ひ
けり