白川静 “字書”三部作『字訓』『字統』『字通』(35-3)

 突然ですが、12月12日は何の日かご存知ですか。
 ヒントは、「1(いい)2(じ)1(いち)2(じ)」=「いい字1字」。毎年この日に清水寺で発表される「今年の一字」。もうお判りですね、答えは「漢字の日」です。その日にその年の世相を表す漢字が発表されることで、師走の風物詩となっています。

 さて、今回はこの「漢字」に生涯を捧げた故白川静氏に触れてみたいと思います。白川氏は、1910(明治43)年福井県生まれ。立命館大学助教授、教授を歴任後、1956年同大学名誉教授。平成16年には文化勲章を授与されました。平成18年逝去(享年96)。

 13歳の時に福井の生家を出て大阪へ。書生として住み込んだ法律事務所に偶然あった多くの漢籍が、以降の氏の人生を運命づけます。亀の甲羅に記された甲骨文字、古代の銅器に刻まれた金石文の文字一字一字の緻密な分析・研究が、「白川漢字学」を形成してゆきます。膨大な甲骨文字・漢字の地道な精査の結果、個々の文字に固有の意味があることは勿論、その文字を形成する篇(へん)・旁(つくり)、さらにはそれらを形作る一画一画までにも重要な意味を見出すに至ります。

 例えば「聖」という字。「神聖な」「聖職」といった熟語が想起されますが、氏によるとこの「聖」という字には「神の声を聞きうる人の意」があるということです。神の声を聞く、それ故に「聖」には「耳」という字が含まれていることも指摘されています。また、「経」という字。訓読みでは「つね」と読むこの字はもともと織物の縦糸を意味しました。縦糸がしっかりと貫いているから織物は織物たり得る。古代中国における人間や社会にとっての縦糸。それはとりもなおさず、普遍的な倫理観や道徳思想であり、それらは「経書」として大系化され、今日まで連綿と受け継がれています。(余談ですが、仏教の「経典」も「経」を用いますが、こちらはサンスクリット語の「スートラ」を意訳したものです。)「矢」という字。この字に「誓う」という意味があるのをご存知ですか。古代中国では神様に誓いをたてる時、弓矢の矢を折って誓いの言葉を述べていました。「矢」に「誓う」の意味があるのはこのためです。また「誓」に「折」という字が含まれているのも、この習慣を示唆しているといえるでしょう。

 このように見てくると、日常何気なく使っている漢字にもそれぞれ興味深い意味があることがお分かりでしょう。氏がその生涯をかけ、「白川漢字学」の集大成として完成させた『字統』『字訓』『字通』の“字書”三部作には、ここに紹介したようなお話がたくさん載っています。平易な表現をすれば、これら三部作は漢字辞典ということになりますが、辞典の枠を遥かにこえた「漢字学」の「研究書」と称するに相応しい書物です。

 冒頭にあげた「今年の漢字」。食の安全、金融不安、北京五輪、日本人のノーベル賞受賞などなど…。皆さんはこの1年を漢字一字でどのように表しますか。

 『字訓
  白川静著 平凡社 1987.5
  請求記号 R811.2||シラシ
 『字統
  白川静著 平凡社 1984.8
  請求記号 R822||シラシ
 『字通
  白川静著 平凡社 1996.10
  請求記号 R813.2||シラシ
 『白川静著作集』全12巻
  白川静著 平凡社 1999.11-2000.11
  請求記号 222||シラシ||1_12