明敎新誌(β版)

めいきょうしんし

『明教新誌』は、明治7から明治34年まで4,603号に亘って続いた仏教新聞です。当初は『官准教会新聞』という名前で発行されていましたが、後に『明教新誌』という名前に変更されました。当初より『明教新誌』は、特定の宗派に偏らない編集方針を採用し、内容も官報、各宗の録事、社説、雑報、論説、法語、文芸、寄書などバラエティーに飛んでおります。また隔日発行だけに情報量が多く、日本近代仏教史のみならず、明治社会を理解するうえで欠かせない記事を数多く含んでおります。なお、この新聞を主宰したのは、著名な仏教運動家でジャーナリストとしても知られた大内青巒ですが、その下では後に東洋史学者として、京大東洋史の基礎を築くことになる、内藤虎次郎(内藤湖南)も編集者として参加しており、明治という時代の一側面を映し出す鏡となっております。

現在、登録されているデータは、1877年1月(398号)~1897年5月(3934号)です。この期間中でも登録できていないデータがございます。残りの巻号と合わせて現在入力中です。

検索キーワードを入力して「検索」ボタンをクリックしてください。

表示件数

レコード全体

タイトル

執筆者

コラム名稱

巻号数

発行年月日

日~

表示件数