書体
:書体の個性に注目し、作品中の文字を切り取って表示しています。作品タイトル単位での表示です。-
京繪圖 : 新地入 キョウ エズ : シンチイリ Kyo ezu : shinchiiri 新板増補
本資料は「新板増補京絵図」と同様、林吉永により出版された京都図である。「新板増補京絵図」では街区は白抜きであったが、本資料は黒刷となっている。「新板増補京絵図」にも収録されている「洛陽七口」、「同間之近道」、「諸方へ道ノ法リ」、知恩院や黒谷等大寺院の末寺の数など地誌的な情報は、本資料にも掲載されている。詳細を見る -
金谷道人御一代記 キンコク ドウジン ゴイチダイキ Kinkoku dojin goichidaiki
江戸中期から後期の僧・横井金谷(1761-1832)が自らの半生を綴った絵巻。全7巻。横井金谷は、京都金谷山極楽寺の住職であった。現在伝わる「金谷上人御一代記」の写本は、冊子本の体裁であるものも多いというが、本学所蔵のものは巻子本で、各巻頭に「金谷」「大寶主人」印がある。詳細を見る -
十六羅漢圖贊集 ジュウロク ラカンズ サンシュウ Juroku rakanzu sanshu
増上寺関連の漢詩を集録した『緑山詩叢』を徹定が刊行したのは、嘉永三(一八五〇)年秋である。三十七歳の徹定は、増上寺新谷学寮にあって後進を薫育していた。『十六羅漢図贊輯録』の編纂を終えたのもこの年であり、徹定のひたむきな研鑚の日々を知ることができる。詳細を見る -
新増細見京繪圖 : 全 : 文化改正 シンゾウ サイケン キョウ エズ : ゼン : ブンカ カイセイ Shinzo saiken Kyo ezu : zen : Bunka kaisei
多色刷の京絵図である。刊記には「文化八年辛未閏二月御免 同十年酉春正月新刻 京 正栄堂田中吉兵衛板」(書肆の住所は省略)とあり、文化8(1811)年の刊行であることが分かるが、収録範囲や色分け等は、天明3(1783)年に京都の竹原好兵衛が刊行した「天明改正細見京絵図」などと同一の内容となっている。詳細を見る -
改正増補京繪圖大成 カイセイ ゾウホ キョウエズ タイセイ Kaisei zoho Kyoezu taisei 3刻
文久3(1863)年、京都の竹原好兵衛により刊行された京都図。刊記には「天保五甲午年開版 文久二壬戌年再刻 文久三癸亥年三刻」とあり、天保5(1834)年に刊行された絵図の三版である。詳細を見る -
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淨土三部玅典 ジョウド サンブ ミョウテン Jodo sambu myoten
「浄土三部」とは浄土宗の根本聖典である「無量寿経」「観無量寿経」「阿弥陀経」のことをいう。本書は写本で、表紙裏に「東都/四体(ママ)葊貞極老師謹冩/長恩山深有縁殘之」、巻頭題の下に「大楽寺什本」、巻末に「正徳六丙申年六月二十五日 立譽(花押)」とある。詳細を見る -
大正15年(1926年)に教学週報社により、創刊された逐次刊行物です。「教学週報」の創刊から停刊までは、通算で622号を数えますが、同時代の「浄土教報」と共に、近代浄土宗を代表する、歴史的に貴重な資料と言えるでしょう。詳細を見る -
保元合戦記 ホウゲン カッセンキ Hogen kassenki
軍記物語の一つ。『保元記』ともいう。『平治物語』『平家物語』『承久記』とあわせ、四部合戦状とも称される。通例、三巻三冊で構成される。他の軍記物語同様、いくたびも書きかえられ、内容の異なる諸本を産んだ。詳細を見る -
前参議教長卿集 サキノ サンギ ノリナガキョウシュウ Sakino sangi norinagakyoshu 丹鶴叢書:戊申帙
平安後期の公卿・藤原教長の私家集。約970首の和歌を収録する。詳細を見る -
選擇本願念佛集 センチャク ホンガン ネンブツシュウ Senchaku hongan nembutsushu 建長版
法然が建久9(1198)年66歳の時、九条兼実の要請によって撰述したもの。内容は念仏の要文をあつめ、その要義を十六の章に分ちて論述してもので、浄土宗の根本聖典である。この古版本は、粘葉綴古版本十二種のなか、延応版に次ぐ古い版本で、建長3(1251)年の刊年をもつ西本願寺本、また東洋文庫本とも異版である。どちらにしても建長頃の古版本であることには疑いない。詳細を見る -
[平安京御繪圖 : 并ニ名所ひとり案内] ヘイアン キョウ オエズ : ナラビニ メイショ ヒトリ アンナイ Heian kyo oezu : narabini meisho hitori annai
単色刷の京絵図。本体には題が入っていないが、多色刷の袋に「平安京御絵図 并名所ひとり案内」の題がある。図の裏面には「京名所独案内 道法附」があり、清水寺や金閣寺といった京都の名所の紹介文と、それぞれの地点間の距離及び方角が記されている。詳細を見る -
大系圖画引便覽 オオケイズ カクビキ ベンラン Okeizu kakubiki benran 丹鶴叢書:丹鶴外書
「大系図」に掲載されている人物を名前の画数から引くことができるように作成された索引。「大系図」とは南北朝期に編纂された系譜集である「尊卑分脈」を指す。詳細を見る -
釋淨土二藏義 シャク ジョウド ニゾウギ Shaku jodo nizogi 光慶寺旧蔵本
「釈浄土二蔵義」は、法然上人以来の浄土宗義を集大成した書で、浄土宗第七祖の聖冏(1341-1420)の著。本書は寛永5年以前の出版であり、伏見の光慶寺で所蔵されていた。詳細を見る -
天保2(1831)年に刊行された単色刷の京都図。京都図の中では最大のサイズで、無彩色と彩色刷の二種があるという。京都図や京都の地誌を数多く手がけた池田東籬亭と、書肆の竹原好兵衛が本資料の出版に携わっている。詳細を見る -
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選擇傳弘决疑鈔 センチャク デング ケツギショウ Senchaku dengu ketsugisho 寛永9年版
建長六年(1254)、良忠(1199-1287、浄土宗第三祖)が下総地方の教化によって鏑木九郎の帰依を受け、匝瑳郡鏑木に住んでいたころに辨長(1162-1238、浄土宗第二祖)から授けられた『選擇本願念佛集』を註解したもの。本書は「寛永九年壬申仲秋吉旦 新刊」の刊記はあるが、版元は記されていない。詳細を見る -
明治22年(1889年)に、浄土教報社により創刊された、浄土宗を主体とする逐次刊行物です。当サイトでは1号から2472号までの全てを欠号なく収録し、一部の附録についても、これを公開しております。詳細を見る -
多色刷の京都図である。道筋を赤線で示す。刊記に「天保五甲午年開板 文久二壬戌年再板 京三條通寺町西へ入ル 竹原好兵衛版元」とあり、天保5(1834)年版を文久2(1862)年に再版したものであることがわかる。詳細を見る -
中昔京師地圖 : 皇州緒餘撰部 ナカムカシ ケイシ チズ : コウシュウ ショヨセンブ Nakamukashi keishi chizu : koshu shoyosembu
森幸安が手がけた絵図の写し。応仁元(1467)年から天正期(1573-1591)までの約120年間の京都の状況を考証し、作成された。天正15(1587)年に完成した豊臣秀吉の公邸・聚楽第は本資料には描かれていない。森幸安は数多くの絵図を手がけた人物で、日本全国の絵図を作成しているが、特に京都やその近郊、摂津国(現在の大阪府)の絵図が多く伝わっている。詳細を見る -
宋代の道誠によって編さんされた、仏教語彙集。古活字版。『釋氏要覽』の古活字版には、慶長より前に刊行された五山版(無刊記)と、慶長から元和年間(1596~1623)に刊行された無刊記版の2種あり、本資料は後者にあたると考えられる。詳細を見る -
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觀經散善義傳通記見聞 カンギョウ サンゼンギ デンズウキ ケンモン Kangyo sanzengi denzuki kemmon 傳通記見聞
良忠『觀經散善義傳通記』の注釈書である。享保16(1731)年、木活字により印刷されている。詳細を見る -
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選擇傳弘决疑鈔 センチャク デング ケツギショウ Senchaku dengu ketsugisho 寛永期 古活字版
浄土宗第三祖の良忠による『選択集』の注釈書。古活字版。「選擇傳弘決疑鈔」の古活字版は『浄土教古活字版図録』によれば慶長14(1609)年版、慶長19(1614)年版、無刊記本があるが、これらはいずれも本資料と異なる活字を用いている。詳細を見る -
新撰京繪圖 シンセン キョウエズ Shinsen Kyo ezu
単色刷の京都図。刊記はなく、「神武天皇より今上皇帝迄歴代百廿二代にして年数凡弐千五百五十九年と成なり」とあることから、明治32(1899)年刊行と読み取れるが、図を見ると「東御奉行」などが存在することから、内容は江戸時代のものであることが分かる。また内裏の配置からは天保期(1830-1843)の図と推測される。詳細を見る -
嘉永改正新選亰繪圖 カエイ カイセイ シンセン キョウエズ Kaei kaisei shinsen Kyo ezu
多色刷の京都図。刊記に「嘉永五年壬子初春三刻 皇都書林 竹原好兵衛版元」とある。版元は京都図を数多く出版した竹原好兵衛である。他の竹原好兵衛版の京都図は街路が赤い筋で表示されていることが多いが、この図は街区が黄色で表示されている。本資料でも、山々や寺社等の建造物が絵画的に表現され、小路名などが詳細に書き込まれている。詳細を見る -
懐中手引京繪圖 : 全 カイチュウ テビキ キョウ エズ : ゼン Kaichu tebiki Kyo ezu : zen 再刻
単色刷の京都図。書名に「懐中」とあるとおり、折り畳んで持ち運びしやすい小型絵図である。街区は墨刷で、他の大型絵図にあるような「京の七口」などの情報は掲載されていない。詳細を見る -
大坂冬御陣図 オオサカ フユ ノ ゴジンズ Osaka fuyu no gojinzu
慶長19(1614)年の大坂冬の陣の配陣を描いた絵図。本絵図には大坂城を中心に、両軍の軍勢が記されている。また主戦場等の地名は黄色の楕円で、主要な道路は朱線で示されている。詳細を見る -
元治改正新増細見京繪圖大全 ゲンジ カイセイ シンゾウ サイケン キョウ エズ タイゼン Genji kaisei shinzo saiken Kyo ezu taizen
多色刷の京都図。刊記には「天保五甲午年開版 文久二壬戌年再刻 文久三癸亥年三刻 京都書林 竹原好兵衞版元」とあるが、表紙の題箋には「元治改正 新増細見京絵図大全」とあり、文久から元治に改元された後に販売されたものであることが分かる。詳細を見る -
九條家車圖 クジョウケ クルマ ズ Kujoke kuruma zu 丹鶴叢書:戊申帙
牛車の図8点を収録した書。牛車に施された装飾等が詳細に描かれる。「九条家車図」という題は後に付与されたもので、全てが九条家の牛車を描いたものというわけではなく、「平安時代以来摂関家で乗用された牛車を図示したものに、鎌倉時代前期に近衛家で制作した牛車絵を増補したもの」であると考えられている。詳細を見る -
浄土宗の僧侶、鵜飼徹定(1814-91)の著。法隆寺、西大寺、高山寺、増上寺その他で閲覧した諸経に附された経典の訳場に関与した諸人の役分、官位などを列挙したものを記録して後人の参考に資したものである。『古経題跋』とならんで、日本仏教界における考証学の嚆矢となる。詳細を見る -
和泉式部續集 イズミシキブ ゾクシュウ Izumishikibu zokushu 丹鶴叢書:丁未帙
平安中期の歌人・和泉式部の歌集である「和泉式部集」のうちの続集。正集、続集、宸翰本、松井本の四種からなるうちの一つで、平安末期頃に成立したとされる。詳細を見る -
江戸時代の京都地誌で、仮名草子作者として名高い江戸時代前期の僧侶浅井了意の作。京都地誌の嚆矢といわれる明暦4年(1658)刊『京童(きょうわらんべ)』につづくもので、『京童』が社寺の縁起・来歴や読み物としての内容に力を入れているのに対し、『京雀』はその影響を受けながらも実用性が重視されている。詳細を見る -
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改正京繪圖 カイセイ キョウ エズ Kaisei Kyo ezu
単色刷の京都図。「安永九子九月御免 文化二丑仲秋開版」の刊記がある。洛外の山々は絵画的に表現されているが、寺院・神社等は門等が簡単に描かれるのみである。また、他の京都図で見られるような、三条大橋から各地への距離や、京の七口等の情報も掲載されておらず、全体的に簡略化された内容となっている。詳細を見る -
大經直談要註記 ダイキョウ ジキダン ヨウチュウキ Daikyo jikidan yochuki
浄土宗の根本聖典である浄土三部経(「無量寿経」「観無量寿経」「阿弥陀経」)のうち「無量寿経」の注釈書。浄土宗第八祖・聖聰の著。永享5年(1433)成立。全24巻だが、本学所蔵のものは巻5-8、11-12の6巻のみが残っている。詳細を見る -
浄土教典籍目録 ジョウドキョウ テンセキ モクロク Jodokyo tenseki mokuroku
『浄土教典籍目録』は、インド・チベット・中国・韓国・日本の浄土教文献を集めたものである。詳細を見る -
今昔物語集 コンジャク モノガタリシュウ Konjaku monogatarishu 丹鶴叢書:庚戌帙 - 辛亥帙
平安後期の説話集。全31巻だが、現在は巻8・18・21を欠く。「丹鶴叢書」には「辛亥帙」に巻11-12、「壬子帙」に巻13-14、「癸丑帙」に巻15-16、「甲寅帙」に巻17、「庚戌帙」に巻22-31を収録する。詳細を見る -
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無量壽經鈔 ムリョウジュキョウショウ Muryojukyosho 寛永版
鎌倉時代の僧・了慧道光(1243-1330)が永仁4年(1296)に撰述した「仏説無量壽経」の注釈書。本書は「寛永元甲子暦 六條西寺内開板」の刊記をもつ古活字版である。本学ではこのほか慶長20(1615)年の古活字版を2本所蔵している。詳細を見る -
本資料は北辺を欠き、資料名も記されていない。また、刊記がなく、出版者や出版年も不明であるが、図の左下に「印付」(凡例)があり、「元禄又ハ宝永此かた享保ニいたりできたる新地」という記述があることから、本資料は少なくとも享保(1716-1735)以後の成立であることが分かる。詳細を見る -
往生要集抄 オウジョウ ヨウシュウ ショウ Ojo yoshu sho 古活字版
鎌倉時代の僧・良忠(1199-1287)が撰述した源信「往生要集」の注釈書。巻下第1、巻中第2のみが合冊となっている、古活字版である。詳細を見る -
觀經定善義傳通記見聞 カンギョウ ジョウゼンギ デンズウキ ケンモン Kangyo jozengi denzuki kemmon 傳通記見聞
良忠『觀經散善義傳通記』の注釈書である。享保16(1731)年、木活字により印刷されている。詳細を見る -
觀經玄義分傳通記 カンギョウ ゲンギブン デンズウキ Kangyo gengibun denzuki 觀經疏傳通記
浄土宗第三祖良忠(一一九九-一二八七)撰。善導の観経疏四巻を注釈したもので、玄義分記六巻、序分義記三巻、定善義記三巻、散善義記三巻の計十五巻の書。詳細を見る -
翻譯名義集 ホンヤク メイギシュウ fan yi ming yi ji Honyaku meigi
南宋時代に成立した梵漢辞典。刊記はないが、江戸初期刊行と推測される古活字版である。巻頭に本書編者の法雲について紹介した「蘇州景徳寺普潤大師行業記」を付す。詳細を見る -
「前川五郎左衛門家文書」は、京都六角本能寺町に居を構えた前川五郎左衛門家に由来をもつ文書群です。前川家は、両替商をはじめ京都御用米会所貸付方や禁裏御香水役など、近世京都において多彩な活動に従事しました。本文書群は、こうした活動を伝える文書類を中心に、約3万点の資料から構成されています。詳細を見る -
日本書紀 ニホン ショキ Nihon shoki 丹鶴叢書:辛亥帙
奈良時代に成立した日本最初の編年体の歴史書。全30巻のうち、「丹鶴叢書」では神代巻の上下2巻を収録する。嘉元4(1306)年に書写された写本を模刻している。詳細を見る -
後水尾院當時年中行事 ゴミズノオイン トウジ ネンジュウ ギョウジ Gomizunoin toji nenju gyoji 丹鶴叢書:丁未帙
後水尾天皇(1596-1680、在位1611-1629)が正保・慶安(1644-1651)頃、後光明天皇(1633-1654、在位1643-1654)に贈るために編纂したもので、その当時の朝廷の年中行事、特に世俗的・私的な性格を持つ行事を中心に、その内容を記している。詳細を見る -
京都御繪圖 : 文久新精 キョウト オエズ : ブンキュウ シンセイ Kyoto oezu : Bunkyu shinsei
多色刷の京都図。刊記には「文久二壬戌九月再版 三橋楼書房版」とある。竹原好兵衛が刊行した「文久改正新選京絵図」と配色や収載地域、内匡が同じで、建造物等の描き方も似ているが、同版ではない。詳細を見る -
多色刷の京都図。題箋や刊記がないが、内裏の西に「御用御屋敷」(京都守護職屋敷)があることなどから、幕末に刊行されたものと思われる。版面は天保14(1843)年に近江屋佐太郎により刊行された「案見京都細図」に類似する。「案見京都細図」では「三条大橋ヨリ諸方道法」の付録が添付されていたが、本資料には「京都名所方角之図」が添付されている。詳細を見る -
懐寳京繪圖 : 全 カイホウ キョウ エズ : ゼン Kaiho Kyo ezu : zen
単色刷の京都図。街区は墨刷りで表されている。刊記がないため、刊行年や版元は不明だが、内裏の形態から寛保・宝暦期(1741-1763)のものと推測される。詳細を見る -
古今都細見之圖 : 全 ココン ミヤコ サイケン ノ ズ : ゼン Kokon miyako saiken no zu : zen
旧平安京条坊図の上に両面刷別紙図(洛中および千本通以西の畑地等)を重ねて糸綴じし、古今を対照した絵図。文久3(1863)年に開通した西高瀬川に関する記載(「西高瀬新川筋」など)があることから、文久3年以降に刊行されたものと考えられる。詳細を見る -
拵弓籐割次第. 諸鞍日記 コシラエユミ トウワリ シダイ. ショアン ニッキ Koshiraeyumi towari shidai. Shoan nikki 丹鶴叢書:戊申帙
「拵弓籐割次第」は弓に施す籐の巻き方や位置、幅等について記した書。21種の事例(図)を掲載する。詳細を見る -
往生要集鈔 オウジョウ ヨウシュウショウ Ojo yoshusho 室町期写本
「往生要集鈔」の伝本の標題は「往生要集鈔」と「往生要集義記」の二種がある。写本や成立の早い版本は「鈔」であり、寛永年間の木活字版以降は全て「義記」となっている。詳細を見る -
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觀經定善義傳通記 カンギョウ ジョウゼンギ デンズウキ Kangyo jozengi denzuki 觀經疏傳通記
浄土宗第三祖良忠(一一九九-一二八七)撰。善導の観経疏四巻を注釈したもので、玄義分記六巻、序分義記三巻、定善義記三巻、散善義記三巻の計十五巻の書。詳細を見る -
光明真言初心要抄 コウミョウ シンゴン ショシン ヨウショウ Komyo shingon shoshin yosho
江戸時代初期の僧・頼慶(1562-1610)の著。本資料は古活字版で、高野山で刊行されたいわゆる高野版である。巻末には「慶長九年丙辰十月廿一日依初入者之嘱注 東寺末葉桑門頼慶」とあるが、干支の「丙辰」は誤りで「甲辰」が正しい。詳細を見る