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江戸時代の京都地誌で、仮名草子作者として名高い江戸時代前期の僧侶浅井了意の作。京都地誌の嚆矢といわれる明暦4年(1658)刊『京童(きょうわらんべ)』につづくもので、『京童』が社寺の縁起・来歴や読み物としての内容に力を入れているのに対し、『京雀』はその影響を受けながらも実用性が重視されている。詳細を見る -
京圖鑑綱目 : 名所手引 キョウ ズカン コウモク : メイショ テビキ Kyo zukan komoku : meisho tebiki
表面に京都図、裏面に「名所手引案内」を収録する。宝暦4(1754)年、菊屋長兵衛等により刊行された。図中には寺社名、各藩京都屋敷名や通り名、御土居等を掲載する他、「三条大橋より道のり附」があり、三条大橋から「禁中様」、「金かく寺」、「知恩院」などへの距離が記されている。詳細を見る -
承久兵乱記 ジョウキュウ ヘイランキ Jokyu heiranki
承久3(1221)年に起こった承久の乱の顛末を記した軍記物語である。「承久記」ともいう。「承久記」は作者・成立年代とも未詳だが、慈光寺本が最も古態を残していると言われ、その後流布本が成立し、それを抄出したものが前田家本であると見られている。本資料はその前田家本の系統であり、元和年間(1615~1623)の書写であると考えられている。詳細を見る -
文久改刻繁榮京都御繪圖 : 平野屋版 ブンキュウ カイコク ハンエイ キョウト オエズ : ヒラノヤバン Bunkyu kaikoku hanei Kyoto oezu : hiranoyaban
多色刷の京都図。「文久三年癸亥春改正再刻 皇都六角通柳馬塲西入町 御絵図司 翠松園 平野屋茂兵衛版元」の刊記が入り、「図書竝校訂 四方春翠」とある。四方春翠(よもしゅんすい)は版元の平野屋茂兵衛のことで、のちに廃業して銅板絵師となった。詳細を見る -
文化改正京都指掌圖 ブンカ カイセイ キョウト シショウズ Bunka Kaisei Kyoto shishozu 改正新板
多色刷の京都図。本資料には「文化九年申八月改正新板 板元 書林 京 正本屋吉兵衛 大坂 河内屋太助 同 小刀屋六兵衛」(書肆住所は省略)の刊記がある。内容と刊行年は同一だが、版元が京都の竹原好兵衛となっている版や、正本屋・河内屋・小刀屋が刊行した無彩色版が存在する。詳細を見る -
往生要集抄 オウジョウ ヨウシュウ ショウ Ojo yoshu sho 古活字版
鎌倉時代の僧・良忠(1199-1287)が撰述した源信「往生要集」の注釈書。巻下第1、巻中第2のみが合冊となっている、古活字版である。詳細を見る -
選擇傳弘决疑鈔 センチャク デング ケツギショウ Senchaku dengu ketsugisho 江戸初期 古活字版
建長六年(1254)、良忠(1199-1287、浄土宗第三祖)が下総地方の教化によって鏑木九郎の帰依を受け、匝瑳郡鏑木に住んでいたころに辨長(1162-1238、浄土宗第二祖)から授けられた『選擇本願念佛集』を註解したもの。本書には刊記も年記もないため刊行にかかる確証をうることはできないが、江戸初期の古活字版と推定される。詳細を見る -
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多色刷の京都図。図中には刊行年が記されていないが、袋に天保5(1834)年改正である旨が記されているものがあるという(当館所蔵本には袋なし)。 版元の竹原好兵衛は数多くの京都図を手がけた書肆で、本資料を改正した「文久改正新増細見京絵図大全」、「元治改正新増細見京絵図大全」を出版している。詳細を見る -
京都御繪圖 : 文久新精 キョウト オエズ : ブンキュウ シンセイ Kyoto oezu : Bunkyu shinsei
多色刷の京都図。刊記には「文久二壬戌九月再版 三橋楼書房版」とある。竹原好兵衛が刊行した「文久改正新選京絵図」と配色や収載地域、内匡が同じで、建造物等の描き方も似ているが、同版ではない。詳細を見る -
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中古京師内外地圖 : 皇州緒餘撰部 チュウコ ケイシ ナイガイ チズ : コウシュウ チョヨセンブ Chuko keishi naigai chizu : koshu choyosembu
森幸安による絵図の写し。本資料は明治27(1894)年に作成された写本だが、原本は寛延3(1750)年に作成されている。ただし、描かれているのは作成当時の京都の姿ではなく、応仁期(1467-1469)以降、15世紀頃のものである。森幸安は数多くの絵図を手がけた人物で、日本全国の絵図を作成しているが、特に京都やその近郊、摂津国(現在の大阪府)の絵図が多く伝わっている。詳細を見る -
丹鶴圖譜 調度部 タンカク ズフ チョウドブ Tankaku zufu chodobu 丹鶴叢書:丹鶴外書
宮中行事の際の装束・調度などについて記した平安末期成立の書「類従雑要抄」のうちの調度の部分を印刷刊行したもの。詳細を見る -
往生要集鈔 オウジョウ ヨウシュウショウ Ojo yoshusho 室町期写本
「往生要集鈔」の伝本の標題は「往生要集鈔」と「往生要集義記」の二種がある。写本や成立の早い版本は「鈔」であり、寛永年間の木活字版以降は全て「義記」となっている。詳細を見る -
法然の遺文集「黒谷上人語燈録」のうち、和語で書かれた「和語燈録」第4巻の「十二問答」部分の写本である。ただし問答の数は一つ少ない十一である。本文末尾に「康永二年十一月十八日 佛子祐玄(花押)」とあることから、本書は康永2年(1256)の書写と考えられる。詳細を見る -
選擇傳弘决疑鈔 センチャク デング ケツギショウ Senchaku dengu ketsugisho 鎌倉期写本
浄土宗第三祖然阿良忠(1199-1287)の撰述にかかるもので、『観経疏伝通記』とともに彼の代表的な著作物である。この本館所蔵本は、奥書から良忠没後十三年にあたる永仁七(1299)年に良忠自筆の再治本から書写したもので、佐介御房とあるから悟真寺に伝承した書写本であろう。また良暁本と較べると字体等によりほぼ同時期のものではなかろうか。詳細を見る -
京圖名所鑑 : 改正两面 キョウズ メイショ カガミ : カイセイ リョウメン Kyozu meisho kagami : kaisei ryomen
本資料は安永7(1778)年に京都の菊屋長兵衛により出版された京都図である。裏面に京都の神社仏閣などの名所の案内記がある。両面とも単色刷である。街区は墨刷ではなく白抜きとなっている。他の京絵図と同様、寺社名、各藩の京都屋敷の所在地、御土居等を記す。詳細を見る -
法然上人行状略傳 ホウネン ショウニン ギョウジョウ リャクデン Honen shonin gyojo ryakuden
本書は法然上人の生涯における化導、御利益について、諸伝説に漏れたところを補い、上人の徳行を讃仰して報恩謝徳のため、愚痴の道俗をすすめんがために作られたもので、上下二巻にわけ詞と絵をもって記している。本書の題簽は殆んど判読不明であるが僅か「…光大…」とみえ、「円光大師御伝記」ではなかったかと思われる。内題は「法然上人行状略伝」である。詳細を見る -
宋代の道誠によって編さんされた、仏教語彙集。古活字版。『釋氏要覽』の古活字版には、慶長より前に刊行された五山版(無刊記)と、慶長から元和年間(1596~1623)に刊行された無刊記版の2種あり、本資料は後者にあたると考えられる。詳細を見る -
秘密漫荼羅教付法傳 ヒミツ マンダラキョウ フホウデン Himitsu mandarakyo fuhoden
真言宗の開祖、空海の著。密教を伝えた七祖の伝を述べる。全2巻のうち、巻2のみが残る古活字版である。詳細を見る -
淨花院霊寳縁起 ジョウケイン レイホウ エンギ Jokein reiho engi
浄土宗七大本山の一つ、清浄華院(しょうじょうけいん)の宝物の由来を記した資料。長禄3年(1459)、良秀の奥書があるが、自筆本ではなく、写本と考えられる。清浄華院に残る葉室頼業筆「浄華院由記」(正保3年[1646])には、本書に類似する内容が含まれるが、そちらは漢文で書かれている。詳細を見る -
新撰京繪圖 シンセン キョウエズ Shinsen Kyo ezu
単色刷の京都図。刊記はなく、「神武天皇より今上皇帝迄歴代百廿二代にして年数凡弐千五百五十九年と成なり」とあることから、明治32(1899)年刊行と読み取れるが、図を見ると「東御奉行」などが存在することから、内容は江戸時代のものであることが分かる。また内裏の配置からは天保期(1830-1843)の図と推測される。詳細を見る -
釋浄土二藏義 シャク ジョウド ニゾウギ Shaku jodo nizogi 本泉寺旧蔵本
「釈浄土二蔵義」は、法然上人依頼の浄土宗義を集大成した書で、浄土宗第七祖の聖冏(1341-1420)の著。本書には刊記がなく正確な刊年は不明であるが、寛永5年以前の刊行と考えられる。また、もとは本泉寺、圓徳寺で所蔵されていたことが分かる。詳細を見る -
西園寺家車圖 サイオンジケ クルマ ノ ズ Saionjike kuruma no zu 丹鶴叢書:戊申帙
牛車の図8点を収録した書。牛車に施された装飾等が詳細に描かれる。鎌倉時代に西園寺家で用いられた牛車について、室町時代から江戸時代の初めまでにまとめたものであるという。詳細を見る -
中昔京師地圖 : 皇州緒餘撰部 ナカムカシ ケイシ チズ : コウシュウ ショヨセンブ Nakamukashi keishi chizu : koshu shoyosembu
森幸安が手がけた絵図の写し。応仁元(1467)年から天正期(1573-1591)までの約120年間の京都の状況を考証し、作成された。天正15(1587)年に完成した豊臣秀吉の公邸・聚楽第は本資料には描かれていない。森幸安は数多くの絵図を手がけた人物で、日本全国の絵図を作成しているが、特に京都やその近郊、摂津国(現在の大阪府)の絵図が多く伝わっている。詳細を見る -
平安中期の公卿・藤原資房の日記。春宮権大夫の一字をとって「春記」と呼ばれている。戊申帙の「春記」には長暦2年10-12月、長暦3年10-閏12月、長暦4年4-6月、9月、11月、長久2(1041)年3月の記事を収録している。詳細を見る -
大方廣十輪經 ダイホウコウ ジュウリンキョウ da fang guang shi lun jing Daihoko jurinkyo
「大方広十輪経」は8巻からなる仏教典籍。本書は巻子本で、巻第3のみが残る。詳細を見る -
往生要集義記 オウジョウ ヨウシュウ ギキ Ojo yoshu giki 江戸初期版
浄土宗第三祖良忠撰。源信『往生要集』の注釈書である。『往生要集義記』の伝本には『往生要集鈔』と『往生要集義記』という二種類の表題があり、成立の早い写本・版本には『往生要集鈔』、遅いものには『往生要集義記』の名が付けられている。詳細を見る -
風につれなき物語 カゼ ニ ツレナキ モノガタリ Kaze ni tsurenaki monogatari 丹鶴叢書:丁未帙
鎌倉時代に成立した、作者未詳の擬古物語。下冊の巻末には、本資料が収められた「丹鶴叢書」丁未帙と、丁未帙に続いて刊行された戊申帙の目録が掲載されている。詳細を見る -
二色刷の京都図。「嘉永五年壬子九月御免版行」、「京都六角通柳馬場西へ入町 平野屋茂兵衛板」の刊記がある。街区は墨刷りで、山は絵画的に表現されているが、寺社等の建造物の絵は他の絵図と比較すると控えめである。詳細を見る -
本書は完本ではなく、全三十六冊のうち原本は三十一冊で、列伝第一九から第二十五、第四十から第五十二までの四冊は和刻本の漢書評林を配している。 本書には室町時代の京都五山の僧と思われる人の訓点や書入れが多くある。今のところ、本書はこの種のものでは世界の孤本で、非常に価値あるものである。詳細を見る -
東大寺、唐招堤寺、薬師寺、石山寺その他の多数の全国各地の名刹の所属する古写経、版本大蔵経などからの題跋類を収録したものである。今日ではその所在を佚したものも多く、日本考証学上の貴重な資料として知られる。詳細を見る -
改正増補京繪圖大成 カイセイ ゾウホ キョウエズ タイセイ Kaisei zoho Kyoezu taisei 3刻
文久3(1863)年、京都の竹原好兵衛により刊行された京都図。刊記には「天保五甲午年開版 文久二壬戌年再刻 文久三癸亥年三刻」とあり、天保5(1834)年に刊行された絵図の三版である。詳細を見る -
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大經直談要註記 ダイキョウ ジキダン ヨウチュウキ Daikyo jikidan yochuki
浄土宗の根本聖典である浄土三部経(「無量寿経」「観無量寿経」「阿弥陀経」)のうち「無量寿経」の注釈書。浄土宗第八祖・聖聰の著。永享5年(1433)成立。全24巻だが、本学所蔵のものは巻5-8、11-12の6巻のみが残っている。詳細を見る -
基盛朝臣鷹狩記 モトモリ アソン タカガリキ Motomori ason takagariki 丹鶴叢書:癸丑帙
鷹狩の歴史と故事等をまとめた書。持明院基盛の著作と言われてきたが、少なくとも前三分の二は西園寺実兼の著作であったと考えられている。詳細を見る -
懐寳京繪圖 カイホウ キョウ エズ Kaiho Kyo ezu
彩色刷の京都図の中では最も早いものであるという。道筋は赤線で刷られている。本資料の版元である正本屋吉兵衛は京都の書肆で、本資料に類似した「細見京絵図」(天明3)、「新増細見京絵図」(文化8)も刊行している。詳細を見る -
改正分間新撰京繪圖 カイセイ ブンケン シンセン キョウエズ Kaisei bunken shinsen Kyoezu
両面単色刷の京都図。表面には京都の詳細な絵図を、裏面には「京三条大橋ヨリ方角道法」、「親戚九族図」、「京都縦横町小路 並異名」、「不成就日」など、旅行や神仏参詣の際に有益な情報が掲載されている。詳細を見る -
天保改正京都指掌圖 テンポウ カイセイ キョウト シショウズ Tempo kaisei Kyoto shishozu
単色刷の京絵図。「天保十一年子初春発行 京繪圖 京三条通寺町 竹原好兵衞梓」の刊記がある。また「編圖洛士 池田東籬主人」とあり、多くの京都名所案内を手がけた池田東籬亭が本資料の作図に関わっていることが分かる。詳細を見る -
『河内國大縣郡安宿部郡土砂留塲山内谷々圖』『山城國近江國土砂留塲山内谷々圖』(以上、標題は題簽による)『河州交野郡山内谷々』(標題は内題による)の三点が、柿渋引き染め楮(こうぞ)紙の帙に納められている。それぞれ畳物の絵地 […]詳細を見る -
京都の亀屋清兵衛により宝永6(1709)年に刊行された京都図。当館所蔵の京都図の中では最も古いものである。街区は墨刷で、一部手彩色がある。通り名や各藩の京都屋敷、公家町は詳細に書き込まれている。詳細を見る -
選擇本願念佛集 センチャク ホンガン ネンブツシュウ Senchaku hongan nembutsushu 江戸初期版
建久九年、九条兼実の要請に応じて法然が撰述したもので、京都廬山寺に現存する草稿本は、標題「選択本願念仏集」と冒頭「南無阿弥陀仏 往生之業念仏為先」の二十一字が源空自筆と伝えられる(重要文化財)。本書には刊記も年記もないため刊行にかかる確証をうることはできないが、江戸初期あるいはそれ以前の古活字版と推定される。詳細を見る -
選擇本願念佛集 センチャク ホンガン ネンブツシュウ Senchaku hongan nembutsushu 寛永16年版
この本の刊行年である寛永十六(一六三九)年は、知恩院の諸堂が寛永十年に灰燼に帰すという大事故が突発し、御影堂の諸堂復興がはじまる年でもあった。刊行者である雄譽霊巖は、刊記に記すように今流布している本はあまりに字の脱増や誤まりが多いので当麻往生院本(元久本)によって開板したと記している。詳細を見る -
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[天保改正京都指掌圖] テンポウ カイセイ キョウト シショウズ Tempo kaisei Kyoto shishozu
単色刷の京都図。表紙が無いため本来の題は不明だが、当館所蔵の「天保改正京都指掌圖」とほぼ同一の内容・サイズで、刊記も同じである。詳細を見る -
清凉寺縁起繪詞 セイリョウジ エンギ エコトバ Seiryoji engi ekotoba
京都嵯峨清凉寺の釈迦如来像の由来を記す絵巻。「釈迦堂縁起」ともいう。原本は清凉寺所蔵で、永正12年(1515)頃の成立。原本の詞書は青蓮院尊応准后(1432-1514)、絵は狩野元信筆とされるが、詞書の筆者は年代的に矛盾する。原本、本絵巻とも全6巻のうち第6巻は詞書のみで絵はない。詳細を見る -
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大藏一覽集 ダイゾウ イチランシュウ da zang yi lan ji Daizo ichiranshu
宋の陳実編の仏教書である。日本では応永期の五山版や、古活字版二種、近世期の木版などが刊行されている。本書は古活字版で、江戸初期刊行と推測される。蔵書印はないが、各巻末に「宥範求之」と墨書がある。詳細を見る -
觀經散善義傳通記見聞 カンギョウ サンゼンギ デンズウキ ケンモン Kangyo sanzengi denzuki kemmon 傳通記見聞
良忠『觀經散善義傳通記』の注釈書である。享保16(1731)年、木活字により印刷されている。詳細を見る -
觀經玄義分傳通記見聞 カンギョウ ゲンギブン デンズウキ ケンモン Kangyo gengibun denzuki kemmon 傳通記見聞
良忠『觀經玄義分傳通記』の注釈書である。享保14(1729)年、木活字により印刷されている。詳細を見る -
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明治京都指掌之圖 メイジ キョウト シショウ ノ ズ Meiji Kyoto shisho no zu
木版多色刷の京都図。街区は色分けされ、漢数字で番号が振られているが、これは町組の番号である。各組には小学校が設置された。図の下には各組に設置された小学校の一覧がある。詳細を見る -
明敎新誌 メイキョウシンシ Meikyoshinshi β版
明治7から明治34年まで4,603号に亘って続いた仏教新聞です。特定の宗派に偏らない編集方針を採用し、内容も官報、各宗の録事、社説、雑報、論説、法語、文芸、寄書などバラエティーに飛んでおり、明治という時代の一側面を映し出す鏡となっております。詳細を見る -
両面刷で、片面は京都図、もう片面は京都見物の際に有用な「京三条大橋ヨリ方角道法」、「京都縦横町小路並異名」などの記事を掲載する。京都図のある面は多色刷で、もう一方の面は単色刷である。他の京都図と比較して、内裏周辺や二条城が特に詳細に描かれている。詳細を見る -
京都名所圖會 キョウト メイショ ズエ Kyoto meisho zue 再刻
銅版色刷の京都図。道路はほとんど描かれておらず、主に寺社や施設の絵で構成されている。また主要な名所には解説文が付けられている。ほかにも京都の名産品を列挙した「産物大略表」や「三条大橋より名所里程」を掲載し、地図というよりは名所案内の性格を持った資料である。詳細を見る -
檀林巡路記 ダンリン ジュンロキ Danrin junroki
増上寺の僧侶であった摂門(竹尾善筑)が記した関東十八檀林の順拝記。竹尾善筑(1781-1839)は明和事件で刑死した思想家・山縣大弐の孫であり、増上寺の寺誌である「三縁寺志」や、「十八檀林誌」なども著した。詳細を見る -
大系圖画引便覽 オオケイズ カクビキ ベンラン Okeizu kakubiki benran 丹鶴叢書:丹鶴外書
「大系図」に掲載されている人物を名前の画数から引くことができるように作成された索引。「大系図」とは南北朝期に編纂された系譜集である「尊卑分脈」を指す。詳細を見る -
蒙古襲来繪詞 モウコ シュウライ エ コトバ Moko shurai e kotoba 丹鶴叢書:己酉帙
肥後国の御家人・竹崎季長が文永・弘安の役における自分の戦功を描かせた絵巻を、冊子体の版本とした書。絵の部分に彩色はないが、「アサキ」、「朱」などの色の指定がある。詳細を見る