館長コラム~私の心に灯をともした青春の書12選 ロマン・ロラン『ジャン・クリストフ』

 8月に入り、いよいよ夏休み。皆さんはどう夏休みを過ごされますか。私の学生時代は7月10日過ぎから9月10日頃までほぼ2ヵ月の夏休みがあり、旅行したり、アルバイトに汗を流したり、古今の文学の大作を読んだり、たっぷり楽しめました。私が4年間の夏休みで読んだ大作は、ブロンテの『嵐が丘』、ハーディの『テス』、スタンダールの『赤と黒』、モーパッサンの『女の一生』、ケラーの『緑のハインリヒ』、マンの『魔の山』、それに志賀直哉の『暗夜行路』、谷崎潤一郎の『細雪』などです。今回採り上げるロマン・ロランの『ジャン・クリストフ』は1年次の夏休みに読み、とくに印象深く心に残っています。

 ロマン・ロランは1866年、フランスはブルゴーニュ地方のクラムシーに生まれ、1944年、故郷の近くのヴェズレーで亡くなりました。享年78。『ジャン・クリストフ』は1903年に書き始められ、1912年に書き上げられた「大河小説」で、この作品を中心とする著作により、ロマン・ロランは1915年、ノーベル文学賞を受賞しました。

 ジャン・クリストフは、ライン河畔にあるドイツの小さな町に貧しい音楽家の長男として生まれました。彼は幼少の頃から音楽の才能を発揮し、8歳にして宮廷楽団のピアニストに任命されます。しかし、その後、クリストフの才能を最も高く評価していた祖父が亡くなり、また放蕩に身をもち崩した父も泥酔して水車小屋の川に落ちておぼれ死にします。それは、クリストフが初恋の人ミンナとの仲を、彼女の母により「財産」も「身分」も違うという理由で引き裂かれてしまった直後、彼15歳のときでした。

 青年クリストフは芸術家として、また一個の人間としての名に恥じぬ真実を貫くため、苦しみ、悩み、闘います。しかし、虚偽にまみれた祖国ドイツでは彼の音楽は理解されず、彼はパリに出ますが、そこでも彼は孤立と苦難の道を歩まざるを得ません。そんななかで、クリストフはジュンナン家の姉弟アントアネットとオリヴィエに出会います。彼に純愛を捧げたアントアネットの死後、オリヴィエとの間に美しい共同生活が始まり、クリストフの音楽もようやく認められ始めます。しかし、デモに参加したオリヴィエは死に、クリストフもスイスに逃亡を余儀なくされます。辿り着いた幼馴染の医師ブラウンの家では、彼の妻アンナとの恋に苦しみ、彼は、この家を去り、山中に身を隠します。そして創造的な魂を甦らせた彼は幾多の苦難に打ち勝ち、名声のなかに、老境の平静さを得ます。かつての恋人グラチアとも再会し、彼女の死後、彼女の娘オーロラとオリヴィエの遺児ジョルジュとの結婚に尽力し、二人が新婚旅行に旅立った日に病の床に就き、生涯を閉じます。

 私は、今日でも印象に残った文章は書き写す習慣をもっていますが、本書からは数え切れないほどの文章が「読書ノート」に抜粋されています。そのなかから、いくつかを紹介して終わることにします(豊島与志雄訳、岩波文庫)。

 「往け、往け、決して休むことなく。」「苦しめ。死ね。しかし汝のなるべきものになれ―一個の人間に。」「生活に無理をしてはいけない。今日に生きるのだ。その日その日にたいして信心深くしているのだ。」「俺には一人の友がある!……苦しいときに寄りすがるべき一つの魂を、あえぐ胸の動悸が静まるのを待ちながら、やっと息がつけるやさしい安全な一つの避難所を、見出したという楽しさ!もはや一人ではない。」「からみ合った昼と夜との微笑み。愛と憎悪との厳かな結合。その諧調。二つの強き翼をもてる神を、われは歌うであろう。生を讃えんかな!死を讃えんかな!」

<紹介図書>

ジャン・クリストフ
  ロマン・ロラン著 岩波文庫 1986.6-1986.9
  請求記号080∥イナフ∥555;1b_4b
嵐が丘
  エミリー・ブロンテ著 岩波文庫 2004.2-3
  請求記号080∥イナフ∥233;1_2
テス
  トマス・ハーディ著 岩波文庫 1960.10-11
  請求記号080∥イナフ∥240;1_2
赤と黒
  スタンダール著 岩波文庫 1958.6-10
  請求記号080∥イナフ∥526;3_4
女の一生
  モーパッサン著 岩波文庫 1956.10
  請求記号080∥イナフ∥550;2
緑のハインリヒ
  ケラー著 岩波文庫 1969.10-1970.2
  請求記号080∥イナフ∥425;1_3_4

トーマス・マン集
  筑摩書房 1971.9
  請求記号908∥チセフ∥61
志賀直哉集
  中央公論社 1964-1967
  請求記号918.6∥ニホノ∥21
谷崎潤一郎集
  中央公論社 1964-1967
  請求記号918.6∥ニホノ∥23_25