本学教職員が選んだこの三冊  貝英幸・選

文学部准教授 専門分野:日本中世史  貝英幸

紹介図書

無縁・公界・楽:日本中世の自由と平和(平凡社選書 ; 58)
網野善彦著/平凡社/1987/請求記号210.4||95B
カムイ伝講義 カムイ伝のむこうに広がる江戸時代から「いま」を読む
田中優子著/小学館/2008/請求記号210.5||2154
ヒヨコの猫またぎ
群ようこ著/文藝春秋/2004*5月中旬排架予定

3冊の書籍を選べといわれると、妙に意識してしまう。選ぶという行為が自分の心の内をさらけ出すような気がして、恥ずかしいこと限りない。しかも本企画二番目の掲載ということで、大方の傾向を参考にすることもできない。なんとも酷な企画である。

結局は、少しお堅い本2冊と、軽く読める1冊という、無難と思われる選択としたが、選択のまずさを別にすれば、紹介した書籍の内容は確かである。歴史を学ぶことの楽しさ、奥深さを知ることのできる2冊と、本を読むことの愉快さを感じられる1冊である。

『無縁・公界・楽 : 日本中世の自由と平和』

私は日本中世史、なかでも「争乱の時代」といわれる室町時代後期から戦国時代を研究の対象としている。講義では、「えらそうに」中世後期の歴史を話しているが、実際のところ「戦国時代の日本はどのような社会だったのか?」と問われたら、未だ明確な回答を用意できないように思う。

それは、私自身の努力不足を棚に上げれば、その時代の日本(日本と呼ぶことも正しいのか…)が、現代に暮らす我々の想像をはるかに超えた、現代とは全く異なった様相を呈していたことにある。とりわけ日本中世社会が、「支配と被支配」や「需要と供給」といった政治や経済について常套的とされる「物差し」では測ることのできない、異質な世界であったことによる。

本書は、そうした日本中世の世界が23編の小論にまとめられている。全ての権力が及ばない「無縁」や「公界」といった中世的な世界は、一見自由にみえる反面、無秩序でアナーキーな混沌とした世界でもある。また、中世的な世界が地域的な偏差を伴い展開していたことも見逃せない。われわれは日本を構成する地域の文化を軽視し、つい「日本」という枠組みで考えてしまうが、中世にはそれは通用しないのである。

本書は、中世という時代、日本という国や地域について、考えさせられる内容であることは間違いない。歴史を学ぼうとする人はもちろんのこと、現代社会やそこに展開する様々な問題を考えようとする人に、是非お勧めしたい。

『カムイ伝講義 : カムイ伝のむこうに広がる江戸時代から「いま」を読む』

本書の内容は、端的にいってしまえば『カムイ伝』という漫画の解説本である。『カムイ伝』は、一般には「忍者」の漫画として知られるが、歴史を学ぶ学生の間では以前から「日本の前近代社会を的確に表現した」漫画と評されていた。漫画というビジュアルな資料を文字化するという、通常と逆のパターンは、コンセプトとしてもユニークだし、なによりも歴史学を専門とする、いわば私にとっての同業者が丁寧に解説した意義は大きい。

研究に関わる部分でいえば、私が専門とする中世社会と、『カムイ伝』が描く近世社会の違いに愕然とする。先に紹介した『無縁・公界・楽』からうかがえる「無骨で奔放な」中世社会は、わずか100年も経たない間に「緻密に制度化された」近世社会へと変貌する。その原動力が一体何なのか、考えを巡らさざるをえない。

もう一つ、教育に関わる部分でいえば、著者である田中優子氏が本書のベースを講義(ゼミ)で形作られたことにも驚かされる。研究の成果をどう講義に還元するか、講義の満足度をどう高めるか頭を悩ますことが多いが、本書は身分制という、ある意味「重いテーマ」を講義の題材としているだけでなく、それに真っ向から立ち向かっている。そんなゼミに参加できる学生はさぞかし幸せだったのではないだろうか。

『ヒヨコの猫またぎ』

こう見えて私は、気分転換がとても下手で、嫌なことがあれば一日中引きずってしまうし、思い悩むことがあればしばらくはそればかり考えてしまっていることが多い。そんな陰鬱な状況を改善する手っ取り早い手段は、笑うことである。

笑いにはゲラゲラと腹を抱える激しい笑いもあれば、クスクス、いやニヤッとするような笑いもある。群ようこ氏のエッセイには、そのどちらの笑いもある。軽快な文体が笑いに拍車をかける。

この企画で3冊を選ぶと知った時、1冊は群さんの本にしようとは思ったが、いざ選ぶとなるとこれが実に難しい。自室の本棚を見渡すと、群さんの本が5,6冊はあって、その中から1冊を選ぶのは悩んだ。しかも選ぶために中身を確認していると、いつの間にか没頭して読んでしまっている。気合いをいれなくても、本の内容が向こうから勝手に頭に飛び込んでくる感じである。結局、莫大な時間を費やして、私の本棚に群ようこさんのエッセイが並ぶきっかけになった本書を選ぶことにした。いわば私の群ようこデビューである。気分転換が必要で、ほんわかと笑いたい人、人間観察が大好きな人におすすめするエッセイである。