早いもので、1年が過ぎようとしています。「私の心に灯をともした青春の書」の最後に採り上げますのはドイツの作家ゲーテ(1749-1832)の『若きウェルテルの悩み』(初版1774年、改訂版1787年、以下『ウェルテル』と略記)です。ゲーテについては、よくご存知でしょうから、ここでは『ウェルテル』の成立前後の彼の体験を紹介するだけに止めます。
ゲーテは1772年5月、23歳のとき、帝国高等法院で裁判事務の実習を受けるためにヴェツラールに赴きます。6月9日、郊外の舞踏会に行き、そこでシャルロッテ・ブフ(愛称ロッテ)に出会います。そのとき彼女は19歳。理知的で無邪気で優しい彼女にゲーテはたちまち魅了されます。しかし、彼女にはケストナーという婚約者がいました。ゲーテはケストナーとも親しくなりますが、ロッテから恋愛関係を結ぶことを拒まれ、別れも告げず9月11日にヴェツラールを去ります。フランクフルトに帰って1月ばかり経ったとき、ゲーテは、ケストナーと共通の友人エルーザレムが人妻に恋して容れられず、絶望して自殺した知らせに接し、大きな衝撃を受けます。ゲーテはケストナーにエルーザレムが自殺する前後の様子を文書にして送ってほしいと頼み、その事件の詳しい報告を読んだ瞬間、『ウェルテル』の構想を得ます。そして外部との交渉を一切絶って「4週間」のうちに書き上げたのが彼の最初の本格的な小説にして永遠の青春文学『ウェルテル』だったのです。
書簡体小説『ウェルテル』のあらすじは、アルベルトという婚約者のある女性ロッテに恋してしまった主人公ウェルテルが叶わぬ恋に絶望してピストル自殺をするという単純なものですが、全編これ、美しく魅惑的な文章で満ち満ちていますので、私が心躍らせ、かつ涙しながら書き写したほんの一部を紹介しながら、簡単に流れを追うことにしましょう。
「なぜたよりをしないかって?…察しがつかないのかなあ、私は無事で、しかも―。簡単にいうと、私には一人の知合いができた。それが私の心をすっかり占めている」(6月16日)。「たしかに、私は感ずる。…ロッテは私を愛している!…あのひとが私を愛してから、自分が自分にとってどれほど価値あるものとなったことだろう」(7月13日)。「もし恋なかりせば、この世はわれらの心にとってなんであろうか?」(7月18日)。「アルベルトが帰ってきた。私は去ろう。彼はもっとも善良なもっとも高貴な人物であるらしい。…さればこそ、それほどにも完璧な性格を所有している人をわが眼前に見るのは、堪えがたいことだ」(7月30日)。「私は去らなくてはならぬ!…もう2週間も、ロッテから離れようという考えを抱いていた。私は去ろう」(9月3日)。「愛するロッテよ、この一室にいて、あなたに手紙を書かずにはいられなくなりました。…この部屋に足を踏みいれるやいなや、あなたの姿、あなたの思い出が、私に襲いかかってきました。おお、ロッテ!きよらかに、あたたかく!ああ、あの最初の幸福な瞬間がふたたびよみがえってまいりました」(1月20日)。「ただもういちどロッテの近くに行きたい。これがすべてだ」(6月18日)。「きまりました、ロッテ、私は死にます」(12月21日)。「弾はこめてあります。―12時が鳴っています!では!ロッテ、ロッテ!さようなら!さようなら!」(12月22日)(竹山道雄訳、岩波文庫)。
最後になりましたが、1年間ご愛読有難うございました。学内で「読んでいますよ」とお声をかけて下さった教職員の皆さんに励まされて、やっとここまで漕ぎ着けることができました。心から感謝申し上げます。
<紹介図書>
- 『若きウェルテルの悩み』
- ゲーテ著・竹山道雄訳 岩波書店 1978.12
- 請求記号080||イナフ||405;1b