デジタルコレクションに「濃州関ケ原御合戰之圖」ほか一件を追加しました。

デジタルコレクションの一般公開に「濃州関ケ原御合戰之圖 : 慶長五庚子年九月」を追加しました。

また、学内公開の「京都絵図」のコレクションに「中昔京師地圖 : 皇州緒餘撰部」を追加しました。(「中昔京師地圖 : 皇州緒餘撰部」のリンクは佛教大学内からのみご覧いただけます。)

濃州関ケ原御合戰之圖 : 慶長五庚子年九月
太田正順氏により書写・収集された絵図コレクションのうちの一つで、「太田家庫」の印と、「明治三十五壬寅年三月写 太田正順」の墨書がある。
本資料に描かれている「関ヶ原御合戦」とは慶長5(1600)年の関ヶ原の戦のことで、徳川家康率いる東軍と、石田三成率いる西軍が美濃(濃州)の関ヶ原で行った合戦である。東軍と西軍は特に色分けはされていない。地名は赤い長方形または黄色の小判型の枠内に示されている。
本資料の収録範囲は、北は「岩手古城山」(現岐阜県垂井町岩手)、南は澤田(岐阜県大垣市上石津町)、東は大垣(岐阜県大垣市)、西は今須(岐阜県関ヶ原町)である。北西には「浅井長政ノ古城山」つまり隣国近江の小谷城(滋賀県長浜市湖北町)が見える。
本資料は明治35(1902)年の写であるが、徳川家康の陣を「御本陣」としていることから、原本は江戸時代に作成されたものと考えられる。