書体
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本書は完本ではなく、全三十六冊のうち原本は三十一冊で、列伝第一九から第二十五、第四十から第五十二までの四冊は和刻本の漢書評林を配している。 本書には室町時代の京都五山の僧と思われる人の訓点や書入れが多くある。今のところ、本書はこの種のものでは世界の孤本で、非常に価値あるものである。詳細を見る -
河州交野郡山内谷々 カシュウ カタノグン サンナイ タニダニ Kashu katanogun sannai tanidani
『河内國大縣郡安宿部郡土砂留塲山内谷々圖』『山城國近江國土砂留塲山内谷々圖』(以上、標題は題簽による)『河州交野郡山内谷々』(標題は内題による)の三点が、柿渋引き染め楮(こうぞ)紙の帙に納められている。それぞれ畳物の絵地 […]詳細を見る -
多色刷の京都図。題箋や刊記がないが、内裏の西に「御用御屋敷」(京都守護職屋敷)があることなどから、幕末に刊行されたものと思われる。版面は天保14(1843)年に近江屋佐太郎により刊行された「案見京都細図」に類似する。「案見京都細図」では「三条大橋ヨリ諸方道法」の付録が添付されていたが、本資料には「京都名所方角之図」が添付されている。詳細を見る -
無量壽經鈔 ムリョウジュキョウショウ Muryojukyosho 寛永版
鎌倉時代の僧・了慧道光(1243-1330)が永仁4年(1296)に撰述した「仏説無量壽経」の注釈書。本書は「寛永元甲子暦 六條西寺内開板」の刊記をもつ古活字版である。本学ではこのほか慶長20(1615)年の古活字版を2本所蔵している。詳細を見る -
改正京繪圖 カイセイ キョウ エズ Kaisei Kyo ezu
単色刷の京都図。「安永九子九月御免 文化二丑仲秋開版」の刊記がある。洛外の山々は絵画的に表現されているが、寺院・神社等は門等が簡単に描かれるのみである。また、他の京都図で見られるような、三条大橋から各地への距離や、京の七口等の情報も掲載されておらず、全体的に簡略化された内容となっている。詳細を見る -
乙寺縁起 キノトデラ エンギ Kinotodera engi 丹鶴叢書:戊申帙
越後国(現在の新潟県)の乙宝寺(おっぽうじ)の由緒を記した絵巻(乙宝寺縁起絵巻)を冊子体の版本として構成しなおした書。絵の部分に彩色はないが、「アサキ」、「ウスヽミ」などの色の指定がある。詳細を見る -
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大經直談要註記 ダイキョウ ジキダン ヨウチュウキ Daikyo jikidan yochuki
浄土宗の根本聖典である浄土三部経(「無量寿経」「観無量寿経」「阿弥陀経」)のうち「無量寿経」の注釈書。浄土宗第八祖・聖聰の著。永享5年(1433)成立。全24巻だが、本学所蔵のものは巻5-8、11-12の6巻のみが残っている。詳細を見る -
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京圖鑑綱目 : 名所手引 キョウ ズカン コウモク : メイショ テビキ Kyo zukan komoku : meisho tebiki
表面に京都図、裏面に「名所手引案内」を収録する。宝暦4(1754)年、菊屋長兵衛等により刊行された。図中には寺社名、各藩京都屋敷名や通り名、御土居等を掲載する他、「三条大橋より道のり附」があり、三条大橋から「禁中様」、「金かく寺」、「知恩院」などへの距離が記されている。詳細を見る -
中古京師内外地圖 : 皇州緒餘撰部 チュウコ ケイシ ナイガイ チズ : コウシュウ チョヨセンブ Chuko keishi naigai chizu : koshu choyosembu
森幸安による絵図の写し。本資料は明治27(1894)年に作成された写本だが、原本は寛延3(1750)年に作成されている。ただし、描かれているのは作成当時の京都の姿ではなく、応仁期(1467-1469)以降、15世紀頃のものである。森幸安は数多くの絵図を手がけた人物で、日本全国の絵図を作成しているが、特に京都やその近郊、摂津国(現在の大阪府)の絵図が多く伝わっている。詳細を見る -
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觀經序分義傳通記見聞 カンギョウ ジョブンギ デンズウキ ケンモン Kangyo jobungi denzuki kemmon 傳通記見聞
良忠『觀經散善義傳通記』の注釈書である。享保16(1731)年、木活字により印刷されている。詳細を見る -
觀經序分義傳通記 カンギョウ ジョブンギ デンズウキ Kangyo jobungi denzuki 觀經疏傳通記
浄土宗第三祖良忠(一一九九-一二八七)撰。善導の観経疏四巻を注釈したもので、玄義分記六巻、序分義記三巻、定善義記三巻、散善義記三巻の計十五巻の書。詳細を見る -
釋淨土二藏義 シャク ジョウド ニゾウギ Shaku jodo nizogi 光慶寺旧蔵本
「釈浄土二蔵義」は、法然上人以来の浄土宗義を集大成した書で、浄土宗第七祖の聖冏(1341-1420)の著。本書は寛永5年以前の出版であり、伏見の光慶寺で所蔵されていた。詳細を見る -
平安中期の公卿・藤原資房の日記。春宮権大夫の一字をとって「春記」と呼ばれている。「丹鶴叢書」の丁未帙の「春記」には長暦3(1039)年8月と、永承7(1052)年4から9月の記事を収録している。詳細を見る -
両面刷で、片面は京都図、もう片面は京都見物の際に有用な「京三条大橋ヨリ方角道法」、「京都縦横町小路並異名」などの記事を掲載する。京都図のある面は多色刷で、もう一方の面は単色刷である。他の京都図と比較して、内裏周辺や二条城が特に詳細に描かれている。詳細を見る -
京都御繪圖 : 文久新精 キョウト オエズ : ブンキュウ シンセイ Kyoto oezu : Bunkyu shinsei
多色刷の京都図。刊記には「文久二壬戌九月再版 三橋楼書房版」とある。竹原好兵衛が刊行した「文久改正新選京絵図」と配色や収載地域、内匡が同じで、建造物等の描き方も似ているが、同版ではない。詳細を見る -
洛中(京都の市中)の浄土宗寺院の名鑑。全8巻4冊で、巻之1には「寺鑑解義」、「浄家の寺院へ参詣せしむるに凡例是ある条々」、「寺鑑を見給ふの法」を掲載し、巻之2-8に浄土宗寺院228ヶ寺の概要(所在地、縁起等)を収録する。詳細を見る -
法然の遺文集「黒谷上人語燈録」のうち、和語で書かれた「和語燈録」第4巻の「十二問答」部分の写本である。ただし問答の数は一つ少ない十一である。本文末尾に「康永二年十一月十八日 佛子祐玄(花押)」とあることから、本書は康永2年(1256)の書写と考えられる。詳細を見る -
『いはや』の書名については、置き去りにされた主人公の姫が一時期育てられた住居に因むものであり、『岩屋の草子』『岩屋』『岩屋物語』『岩屋姫物語』『対の屋姫物語』などの多様な名称で呼ばれている。詳細を見る -
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往生要集鈔 オウジョウ ヨウシュウショウ Ojo yoshusho 室町期写本
「往生要集鈔」の伝本の標題は「往生要集鈔」と「往生要集義記」の二種がある。写本や成立の早い版本は「鈔」であり、寛永年間の木活字版以降は全て「義記」となっている。詳細を見る -
元治改正新増細見京繪圖大全 ゲンジ カイセイ シンゾウ サイケン キョウ エズ タイゼン Genji kaisei shinzo saiken Kyo ezu taizen
多色刷の京都図。刊記には「天保五甲午年開版 文久二壬戌年再刻 文久三癸亥年三刻 京都書林 竹原好兵衞版元」とあるが、表紙の題箋には「元治改正 新増細見京絵図大全」とあり、文久から元治に改元された後に販売されたものであることが分かる。詳細を見る -
単色刷の京都図。他の京都図と異なり、山々や建造物が絵画的に描かれていない。また図の内容は宝暦9(1759)年に野田弥兵衛が刊行した「宝暦改正京絵図道法付」に似ているが、本資料の方が収載範囲が狭く、郊外の村名はほとんど削除されている。詳細を見る -
前参議教長卿集 サキノ サンギ ノリナガキョウシュウ Sakino sangi norinagakyoshu 丹鶴叢書:戊申帙
平安後期の公卿・藤原教長の私家集。約970首の和歌を収録する。詳細を見る -
再板改正京繪圖 サイハン カイセイ キョウエズ Saihan kaisei Kyo ezu
単色刷の京都図。刊年は記されていないが、禁裏の南西に「准后御所」ができていることから、宝暦頃(1751-1763)のものと思われる。主要な寺社や山々は絵画的に描かれている。詳細を見る -
大坂夏御陣之図 オオサカ ナツ ゴジン ノ ズ Osaka natsu gojin no zu
大坂の陣(大坂冬の陣、夏の陣)は、徳川氏が豊臣氏を二度にわたって攻め滅ぼした戦い。本絵図はこのうち慶長20(元和元〈1615〉)年の大坂夏の陣の配陣を描いている。詳細を見る -
大正15年(1926年)に教学週報社により、創刊された逐次刊行物です。「教学週報」の創刊から停刊までは、通算で622号を数えますが、同時代の「浄土教報」と共に、近代浄土宗を代表する、歴史的に貴重な資料と言えるでしょう。詳細を見る -
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選擇傳弘决疑鈔 センチャク デング ケツギショウ Senchaku dengu ketsugisho 寛永期 古活字版
浄土宗第三祖の良忠による『選択集』の注釈書。古活字版。「選擇傳弘決疑鈔」の古活字版は『浄土教古活字版図録』によれば慶長14(1609)年版、慶長19(1614)年版、無刊記本があるが、これらはいずれも本資料と異なる活字を用いている。詳細を見る -
選擇傳弘决疑鈔 センチャク デング ケツギショウ Senchaku dengu ketsugisho 江戸初期 古活字版
建長六年(1254)、良忠(1199-1287、浄土宗第三祖)が下総地方の教化によって鏑木九郎の帰依を受け、匝瑳郡鏑木に住んでいたころに辨長(1162-1238、浄土宗第二祖)から授けられた『選擇本願念佛集』を註解したもの。本書には刊記も年記もないため刊行にかかる確証をうることはできないが、江戸初期の古活字版と推定される。詳細を見る -
『河内國大縣郡安宿部郡土砂留塲山内谷々圖』『山城國近江國土砂留塲山内谷々圖』(以上、標題は題簽による)『河州交野郡山内谷々』(標題は内題による)の三点が、柿渋引き染め楮(こうぞ)紙の帙に納められている。それぞれ畳物の絵地 […]詳細を見る -
懐寳京繪圖 : 全 カイホウ キョウ エズ : ゼン Kaiho Kyo ezu : zen
単色刷の京都図。街区は墨刷りで表されている。刊記がないため、刊行年や版元は不明だが、内裏の形態から寛保・宝暦期(1741-1763)のものと推測される。詳細を見る -
釋奠供物圖 . 諸陵雜事注文 セキテン クモツズ . ショリョウ ゾウジ チュウモン Sekiten kumotsuzu . Shoryo zoji chumon 丹鶴叢書:戊申帙
「釋奠供物圖」は、弘安年間(1278-1288)に行われた釈奠の供物を記録した書。釈奠とは、孔子とその弟子たちを祭る儀式である。「諸陵雑事注文」は、正治2(1200)年成立の書で、各地の天皇陵における供物等について記録している。詳細を見る -
懐中手引京繪圖 : 全 カイチュウ テビキ キョウ エズ : ゼン Kaichu tebiki Kyo ezu : zen 再刻
単色刷の京都図。書名に「懐中」とあるとおり、折り畳んで持ち運びしやすい小型絵図である。街区は墨刷で、他の大型絵図にあるような「京の七口」などの情報は掲載されていない。詳細を見る -
改正京繪圖 : 全 カイセイ キョウ エズ : ゼン Kaisei Kyo ezu : zen
単色刷の京都図。刊記には「京書林 丸屋善兵衛」とあるのみで、刊行年は記されていないが、内裏の配置から天保期(1830-1843)の図と推測される。街区は白抜きで表され、洛外の山々や寺社等は絵画的に表現されている。詳細を見る -
都名所百景 後半 ミヤコ メイショ ヒャッケイ コウハン Miyako meisho hyakkei kohan
『都名所百景』は、江戸時代後期に梅川東居、歌川北水ら5人の絵師が手がけ、大阪の版元石和により刊行された彩色木版画です。幕末の京都・洛中洛外における名所100景を網羅しています。詳細を見る -
洛陽四十八所地蔵霊場巡禮利生記 ラクヨウ シジュウハッショ ジゾウ レイジョウ ジュンレイ リショウキ Rakuyo shijuhassho jizo reijo junrei rishoki
京都に所在する四十八の地蔵の巡礼案内書である。写本、一巻二冊。本書には、一番の壬生寺・縄目地蔵から四十八番の本覚寺・泥附地蔵まで、洛中の四十八の地蔵(「洛陽四十八所地蔵」)について、その由緒を記し霊元天皇の御詠歌を添える。詳細を見る -
[平安京御繪圖 : 并ニ名所ひとり案内] ヘイアン キョウ オエズ : ナラビニ メイショ ヒトリ アンナイ Heian kyo oezu : narabini meisho hitori annai
単色刷の京絵図。本体には題が入っていないが、多色刷の袋に「平安京御絵図 并名所ひとり案内」の題がある。図の裏面には「京名所独案内 道法附」があり、清水寺や金閣寺といった京都の名所の紹介文と、それぞれの地点間の距離及び方角が記されている。詳細を見る -
黒谷聖人傳繪詞 クロダニ ショウニンデン エコトバ Kurodani shoninden ekotoba
本書は知恩院蔵国宝の「法然上人行状畫図」四十八巻の詞書を片仮名交りに印成したものである。表題と本文題は「黒谷聖人伝絵詞」であるが、内題のみ「本朝祖師絵師」とある。本書は浄土教古活字版のなか片仮名の活字版として特色のあるものである。詳細を見る -
萬代京都繪圖 バンダイ キョウト エズ Bandai Kyoto ezu 再版
多色刷の京都図。枠外に「天保十四年卯六月再板」とあり、菱屋治兵衛・菊屋七郎兵衛・平野屋茂兵衛の3名の書肆名が入っている。また「洛士 東籬亭悠翁編図」とも記されており、多くの京都名所案内を手がけた池田東籬亭が本資料の作図に関わっていることが分かる。詳細を見る -
平安中期の公卿・藤原資房の日記。春宮権大夫の一字をとって「春記」と呼ばれている。戊申帙の「春記」には長暦2年10-12月、長暦3年10-閏12月、長暦4年4-6月、9月、11月、長久2(1041)年3月の記事を収録している。詳細を見る -
往生要集義記 オウジョウ ヨウシュウ ギキ Ojo yoshu giki 寛永18年版
浄土宗第三祖良忠撰。源信『往生要集』の注釈書である。『往生要集義記』の伝本には『往生要集鈔』と『往生要集義記』という二種類の表題があり、成立の早い写本・版本には『往生要集鈔』、遅いものには『往生要集義記』の名が付けられている。本書の巻末には「寛永辛巳仲冬日 / 書舎理兵衛刊行」の刊記が入る。詳細を見る -
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觀經定善義傳通記 カンギョウ ジョウゼンギ デンズウキ Kangyo jozengi denzuki 觀經疏傳通記
浄土宗第三祖良忠(一一九九-一二八七)撰。善導の観経疏四巻を注釈したもので、玄義分記六巻、序分義記三巻、定善義記三巻、散善義記三巻の計十五巻の書。詳細を見る -
懐寳京繪圖 カイホウ キョウ エズ Kaiho Kyo ezu
彩色刷の京都図の中では最も早いものであるという。道筋は赤線で刷られている。本資料の版元である正本屋吉兵衛は京都の書肆で、本資料に類似した「細見京絵図」(天明3)、「新増細見京絵図」(文化8)も刊行している。詳細を見る -
二色刷の京都図。「嘉永五年壬子九月御免版行」、「京都六角通柳馬場西へ入町 平野屋茂兵衛板」の刊記がある。街区は墨刷りで、山は絵画的に表現されているが、寺社等の建造物の絵は他の絵図と比較すると控えめである。詳細を見る -
三國佛法傳通縁起 サンゴク ブッポウ デンズウ エンギ Sangoku buppo denzu engi
東大寺の凝然による、インド、中国、日本の三国における仏法伝通について述べた書。応長元(1311)年成立。詳細を見る -
京都を三条通で南北に分け、「北山より南三条迄」と「北三条より南伏見迄」の2枚からなる大判の京都図。本資料には寺社名、各藩京都屋敷名や御土居だけではなく、主要寺社の概要(行事、石高等)、各郡の概要、町名が記される。詳細を見る -
選擇本願念佛集 センチャク ホンガン ネンブツシュウ Senchaku hongan nembutsushu 寛永16年版
この本の刊行年である寛永十六(一六三九)年は、知恩院の諸堂が寛永十年に灰燼に帰すという大事故が突発し、御影堂の諸堂復興がはじまる年でもあった。刊行者である雄譽霊巖は、刊記に記すように今流布している本はあまりに字の脱増や誤まりが多いので当麻往生院本(元久本)によって開板したと記している。詳細を見る -
淨土三部玅典 ジョウド サンブ ミョウテン Jodo sambu myoten
「浄土三部」とは浄土宗の根本聖典である「無量寿経」「観無量寿経」「阿弥陀経」のことをいう。本書は写本で、表紙裏に「東都/四体(ママ)葊貞極老師謹冩/長恩山深有縁殘之」、巻頭題の下に「大楽寺什本」、巻末に「正徳六丙申年六月二十五日 立譽(花押)」とある。詳細を見る -
室町殿春日詣記 ムロマチドノ カスガ モウデキ Muromachidono kasuga modeki 丹鶴叢書:戊申帙
明徳2(1391)年9月に室町殿(将軍足利義満)が春日大社に参詣した際の記録。同行者の服装や従者の人数を記録している。詳細を見る -
しのひね物語 シノビネ モノガタリ Shinobine monogatari 丹鶴叢書:庚戌帙
13世紀後半以降に成立した物語。巻頭には「しのひね物語」とあるが、表紙題箋には「忍音物語」とある。詳細を見る -
光明真言初心要抄 コウミョウ シンゴン ショシン ヨウショウ Komyo shingon shoshin yosho
江戸時代初期の僧・頼慶(1562-1610)の著。本資料は古活字版で、高野山で刊行されたいわゆる高野版である。巻末には「慶長九年丙辰十月廿一日依初入者之嘱注 東寺末葉桑門頼慶」とあるが、干支の「丙辰」は誤りで「甲辰」が正しい。詳細を見る -
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資料中に書名が入っていないため、資料名は仮名である。多色刷で、凡例はないが寺院は濃い赤、神社や公家屋敷は薄い赤、武家屋敷は緑などと色分けされている。枠外には「文化七年庚午新改正 京都寺町通四条下ル弐丁目 菊屋長兵衛蔵板」とある。菊屋長兵衛は本資料の他にも京都図を数多く出版している。詳細を見る -
改正分間新撰京繪圖 カイセイ ブンケン シンセン キョウエズ Kaisei bunken shinsen Kyoezu
両面単色刷の京都図。表面には京都の詳細な絵図を、裏面には「京三条大橋ヨリ方角道法」、「親戚九族図」、「京都縦横町小路 並異名」、「不成就日」など、旅行や神仏参詣の際に有益な情報が掲載されている。詳細を見る